アンラッキーハッピーアワー
海宇がアダムを見返す瞳に、アダムは癒されるばかりだった。
逃げろ、逃げたくない、そんなやり取りを海宇とすることこそアダムには幸せばかりを感じさせた。
彼女は損得なく彼のそばにいたいと想ってくれている、そんな錯覚をアダムが抱くほどに彼女は純粋でまっさらなのである。
「きゃあ!うそお!!」
アダムは海宇との時間を邪魔してきた悲鳴に振り返っていた。
叫んだのはプリュンゲルであり、女装している舳宇が彼女に何やら吹き込んでいるという状況がそこにあった。
「アンラッキーになるとスケベもあるの?」
「そ、そう。思いがけずにおっぱいを触っちゃったり、スカートが捲れてお尻が見えたり、で、恋が始まったり?それをアンラッキースケベって言うの」
舳宇が必死にプリュンゲルを説得してくれているとアダムは理解したが、そのことを褒めてやるべきなのだが、そんな気は全く起きなかった。
舳宇の例え話が、海宇と自分の関係を揶揄されているようで腹が立つのである。
海宇がぶつかって来た出会いも、海宇に包帯を巻いて貰った時も、アダムは海宇の柔らかい体を感じるというラッキーに遭遇していた。
「じゃあ。アンラッキーのままだともっとケダモノ?」
「ね、怖いでしょう。だから、ね、アンラッキー解除をしようよ!」
「わ、わかった。トーゲン、えっと、トーゲンの呪いを解除します!!」
アダムと同じく二人のやり取りを見守っていた冬弦は、アダムよりも先に二人の会話に聞き耳を立てていたようで、必死に笑いを堪えている表情をしている。
アダムと彼は視線を合わせた。
「よかったな、君はイける様だよ」
「アンラッキースケベも良いなと思ったのだがな」
「ラッキーもアンラッキーも面倒が無い所で願いたいものだろ?頼みますよ」
「では、雷光砕破」
プリュンゲルに呪いを解除された結果は、目を見張るほどのあからさまだった。
冬弦が手刀にした右腕を閃かせれば、全体魔法の青い稲妻がクドアに向けて放たれたのである。
まるで海水浴客に襲いかかる高波のような、大きなウェーブ状の雷が、である。
「ふぎゃああ」
手前のクドアが苦悶の雄叫びを上げたのを最初に、残った黒服が悶絶する。
うぎゃあ、うぎゃ、うおおおう、うぎゅううう、はううう、おごおおお、と。
「これが呪い解除された君の力か。さすがだな」
「数分ほど金縛らせただけだな。効きが悪い。君のアンラッキーが影響しているのかもな。今すぐ全員を連れて逃げてくれ。君こそ邪魔だ」
冬弦のセリフが終わるや海宇がアダムの腕中で再び大きく動き、後ろに控える プリュンゲルに向かって首を伸ばして大声をあげた。
「聞いた?春桃!アダムもお願い!」
「その人はヤダ!!ぜったいにやだやだ!!」
「どうして!」
「だって、ハッピーエンドになっちゃうじゃないの!!」
「妾の名はパスマトデアの女王、パーシパエ・ネオヒラセアが第十四番目の子、ノクタータ・セプテンである」
海宇はアダムの腕の中でピタと動きを止めた。
それは、冬弦の敵が名乗ったからなのか、海宇の友人らしいプリュンゲルがアダムと海宇のその先を予言したからなのか。
アダムの視線は自然に女装した舳宇に向かい、少し前の冬弦が呪われた身の上について舳宇に伝えた言葉を思い出していた。
プリュンゲルの呪いが君を想う私への試練ならば――。
「ああ、乗り越えて勝って見せるさ」
呟きながらアダムは、自分の気持は冬弦が語った気持ちそのものじゃないかと、自分の完全なる恋心を認めてにやけた。
その瞬間、アダムは鳩尾に衝撃を受けていた。
息が止まり、腕から力が抜ける。
アダムの腕から逃れた海宇は、彼を殴った拳を握ったまま、彼を睨む。
「能渡井?」
「一つ言っておく。あなたが惚れ惚れ見ている今日の海宇だけど、あれはぜったいに僕の趣味じゃない。って、なんで笑うの」
「いや。俺は俺の知ってる君だけが好きだからかな」
アダムは瞠目という単語の意味を実感していた。
アダムの言葉によって海宇は頬をかっと赤く染めただけでなく、見るからにあわあわと恥ずかしそうに動揺しているのである。
舳宇が作った媚びる表情よりも、彼女の今の表情の方がアダムの心に刺さった。
彼女の仕草から彼はもう目が離せない、のである。
アダムに腹を立てた海宇にアダムが己の真意を伝えられてのこれならば、これこそプリュンゲルの呪いの結果ということか!
「俺は不幸になるたびに君に近づける気がするな」
「うにゃ、な、な、な」
海宇は完全に真っ赤だ。
アダムは完全にこの状況、海宇を揶揄う、に嵌った。
「こんなに可愛い君を拝めるんなら、不幸もっと来い、だな」
「ひゃっ」
「アダムの不幸をキャンセルします!」
「え!!」
プリュンゲルの宣言と同時に海宇がアダムの前から姿を消した。
慌てたアダムだが、彼は強い力で突き飛ばされた。
冬弦は海宇の二の腕を引っ張って自分へと引き寄せ、その代りという風にアダムを突き飛ばして転ばせたのだ。
アダムがいた場所に、クドア族の粘液状の緑色の唾液が落ちる。
「自分の身ぐらい守れ」
「すまん。助かった」
アダムは立ち上がり攻撃してきた女を見返す。
女は酔っぱらいのようにして自分の口元を右腕で拭った。
「ひひ。妾を無視するからじゃ。トーゲンだけでなく、憎きエンキアメルの小倅もいたとは、妾は幸運じゃな。さあ、お前らみんなドロドロに溶かしてやろう。死ぬ方が楽だと思える姿形に変えてやるぞえ」
ノクタータは天を仰ぎ見る体勢をとる。
ガラガラグブグブと、聞く者の胃液まで逆流させる不快音が広場で響く。
冬弦は手刀にした右手を構え、アダムは冬弦の攻撃を援護し補強するエンキアメルの秘術の呪文を唱えだす。
「だぶっ」
アダムも冬弦も、構えた格好のまま凍り付いた。
彼らが攻撃する予定の主が、強風によって真横に薙ぎ払われ、広場を囲む壁にぶち当たってしまったのである。
車のフロントガラスに衝突したカエルのその後みたいに、冬弦の敵は貼り付いていた壁からずるりずるりと下へと落ちていく。
ジャボン。
壁に叩きつけられた哀れなゼリー状の被害者は、終には広場の噴水の中に祈りのコインよろしく水の中に沈んだのである。
「よっし、ワンホール!!」
「わあ、素晴らしいです。ハーさん先輩」
「棒読みだな。ヒョーゴよ」
アダムは増員した仲間の姿を認めるや、親友に視線を動かした。
彼の視線を受け止めた冬弦は、ウンザリしたように目玉をぐるりと回した。
「私達は不幸な方がハッピーだったな」
「だな」




