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あれは君の敵か己の敵か?

 アダムは二週間ぶりの海宇に見惚れていた。

 白いシャツに黒のサテンパンツ姿という少年にしか見えない姿をした彼女は、あの日の小気味よい小悪党さながら自己主張してみせたのだ。


 彼女はアダムと冬弦の不幸解除を、舳宇がしたみたいにプリュンゲルに懇願するなどしなかった。

 プリュンゲルを舳宇に向けて突き飛ばした後に、単に言い切っただけだ。


「冬弦サンに面倒があったら、僕が付き合わなきゃじゃない?」


 そして彼女は自分の言葉が真実という風に、アダム達が忘れ去っていた事故現場に指を指し示したのである。


 広場のモニュメント時計を破壊して己も走行不可に陥ったらしい装甲車から、ぞろぞろと乗客が降りてきている、という情景がそこにあった。

 アダムと冬弦を狙って失敗した事故車の扉が開いており、黒服の数人の男が後部座席に乗っている人物を降ろそうとしているところであるのだ。


 真赤なドレスの裾から出た足は、ぶよっとした質感を持った太いものである。

 ひと目でアダムには相手の種族がわかった。

 クドア族だ。

 生き物のたんぱく質を溶かしてゼリー状にしてしまえる、という能力から魚の寄生虫の名前を与えられた妖精族である。


 アダムはクドアに詳しい。

 それは、クドア族がその能力を脅しにして飲食店経営者から金をせびることを生業としているため、飲食業界で君臨しているアダムの一族がクドア族狩りを何度かしているからである。


 戦争状態にあるならば、族長の跡取りを狙うは常套手段だ。


「海宇、舳宇!君達は帰れ!あれは私にだけ用がある!!」


「冬弦!あれは俺の客かもしれないよ。君こそ帰れ」


 アダムと冬弦は互いに目線を交し、同時に同じ敵に向かい合った。

 彼らは全員が車外に出られたようだ。

 七人の男達に囲まれるようにして、真赤なドレスの女が立っている。


 クドア族らしく全員はかなりのぜい肉を蓄えた巨漢であり、黒服の男達にかしずかれている真っ赤なドレスの女性は、身長が海宇ぐらいしか無いが誰よりも横に大きく醜悪に見える。

 真っ黒の髪をツインテールに結っているが、プリュンゲルのものとは違い、顔の側面の髪だけを結んでいるというものだ。


 残りの髪をそのまま下ろしているので、彼女は黒い海藻を体にべったりと貼り付けている大鯰か深海のアンコウに見えなくもない。

 女は出っ張った額の下の眉毛もまつ毛も無い小さい目をキラッと光らせると、魚に似た大きな口をニィっと微笑みの形にした。


「クドアとはどう戦うのだ?」


「クドアは寒さに弱いな。とりあえずふんじばって冷蔵庫か冷凍車に押し込む、が我が家の対処法かなあ」


「それはまんまヤクザの拉致と死体処理法じゃないかな」


「やばいと思ったら帰っていいって。君は今日を楽しみにしていただろ?」


 アダムは冬弦に帰れという風に、後ろに向かって顎をしゃくって見せた。

 そしてその動作のまま、後ろの大事な人に振り返った。

 冬弦はアダムの帰れには左の眉をあげて抗議の意思を見せたが、アダムと同じく後ろへと振り返るのは自然な行為だったらしい。


 二人とも守りたい人の笑顔を見たかった、からだ。


 すると、プリュンゲルを抱えている女装した舳宇が、アダムではなく冬弦だけを見つめている上に、冬弦の心の声が聞こえたかのように大きく首を横に振った。


「冬弦さん!!私だってここに残ります。は、春桃は帰って。で、み、君は春桃を頼んだからねって、うそ」


「きゃん!」


 アダムと冬弦は目を見張った。

 舳宇は突き飛ばしかけたプリュンゲルを再び抱き直した。

 なぜならば、海宇が急にアダム達へと走り出して、地面を大きく蹴ったのだ。


「え、飛んだ?」


 アダムは再び前方の敵へと首を動かしていた。

 プリュンゲルを受け取らなかった海宇が飛び上ったのは、アダム達に向かって来ていたクドア族の一人に飛び蹴りをお見舞いするためだった。


 海宇は空中でくるっと体を捩じり、アダムは海宇の回し蹴りのフォームに惚れ惚れとしてしまった。


「ぐぎゃ」

「うわっ、かったい」


 しかし、相手はただの人間ではないだけでなく、全身を脂肪で包んでいる海獣並みの防御力を誇るクドア族である。

 海宇は撥ね飛ばされるだけだった。

 クドアの男は組んだ両手を頭上に掲げる。

 狙いは自分を蹴って来た海宇、だ。


「危ない!!」


 アダムは殆ど無意識に動いていた。

 冬弦も同じだ。


電縛でんじ

「ぐががががが」


 アダムはクドアの巨体に跳ね返された海宇を抱き留めて庇い、冬弦は海宇に蹴られたクドアを彼の術で金縛りにしていた。


「さすが」


「さすがじゃないよ。緊縛術しか使えないとは!!魔力が全く出てこない」


 アダムは舌打ちをすると、腕の中の海宇を守るように抱きしめ直した。

 敵はあと七体もいるのだ。


「降ろして!!」


 アダムの腕の中で海宇が暴れた。

 飛び蹴りを失敗した彼女を受け止めた彼だが、彼の腕も思考も彼女を手放したくはないと言っている。

 今は絶体絶命らしき戦闘中だ。

 海宇を守れないかもしれない事態になるならばと、アダムは自分に言い聞かせながら彼の腕の中の海宇に囁いた。


「降ろすよ。君がここから逃げると約束するなら」


「恰好つけるなよ!!僕は最後まで残るからな!!弱らせた敵を異界流しできる人間がいた方が良いだろ」


「君が引き出せる魔力が俺にも冬弦にも無いんだ。だから君は足手まといだ」


 アダムの腕の中の海宇は、言い返せない代わりにアダムを睨む。

 そしてアダムは、睨んでいる彼女がひたすらに可愛らしく感じ、逃がさねばならないと思いながらも抱きしめる力が籠った。


「あなたは僕にいて欲しいみたいだけど?」


「君が逃げないなら俺は君の盾になるだけだ」


「その物言いは卑怯だ」


「卑怯でいいから逃げてくれ。君には怪我一つさせたくないんだ」

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