校庭の真ん中でルールを叫ぶけもの
第十三番目の王子、狛犬さんは一人で打って出ると言い切った。
三百三十二名の命の為に。
だが考えて欲しい。
狛犬が名乗り出て剣を構えたそこで、恐らくも何も宇宙船は狛犬に向かって大砲を撃ってくるはずだ。
すると?したらば?
巻き込まれてみんな死ぬ。
それは確実だって、死んだばっちゃが言ってた、たぶん。
だから私は両手でTの形となるサインを作った上で、大声で叫んでいた。
「ターイム!!」
世界は、びん、と音を立てて固まった。
この世界は妖精がいても、妖精の世界ではないのだ。
つまり妖精には異世界と言える人間界に留まることで、かなりの負担が妖精の身に起きていると考えてよい。
大昔からモンスターや妖怪と人間界を脅かして来たものが、人間界から弾かれた迷い妖精達だったと考えたら納得できるのではないだろうか。
だからこそ妖精は、人間界に留まるために人間界のルールに従い、人間と婚姻を結んだりしてきたわけで、ルールに従う事で自分を人間界に縛り付けようとするのである。
そんな習性をもつからこそ、スポーツの場面で使われる「タイム」だっても彼らには有効な術となるのだ。
それに私は妖精魔法は使えないが、一家相伝の呪は使える。
私は周囲が固まった事を確認すると、円盤に向かって声を上げた。
「大量虐殺は国際法違反である!!一般人を一人でも死傷させれば重罪だ、軍法会議ものだ!!まずは全員を解放せよ!!」
円盤が何となくビクッと動いた気がした。
円盤を実際に飛ばしているのが妖精魔法であるならば、第六王子の動揺が円盤の飛行に影響するのは当たり前だ。
私はさらに息を吸い込むと、ここにいる皆が生き残り、狛犬にはちゃんとしたチャンスになるだろうルールを叫んでいた。
「代表戦だ!!五人選抜し、互いに戦い合う。負けた方は妖精界流し、あるいは勝った者への永遠の服従をするべきである!!」
「お前さ、読む漫画変えたら?代表戦って、ヤンキー漫画の奴じゃね?」
「宗近が貸してくれた本じゃないの。そんでなんであなたは動けるのよ」
「ばあちゃんのじいちゃんはロキって呼ばれていたって言ってたよ」
私の背中に、ぞぞっと冷たい何かが走った。
宗近の妖精一族の曾祖母以外が妖精界に行ってくれて助かった。
「ちくしょう。トリックスターかよ。ルール無視の悪辣妖精か!!」
「酷いな。この俺様ならば、戦いの審判が出来るというのに」
私は悪辣で頭の回る悪い妖精に笑い返していた。
宗近は自分が審判になることで、不幸な人達を無事に逃がしきってやると持ち掛けてきたのである。
さすが、世界を動かして来たトリックスターの子孫と褒めるべきだろうか。
宗近は殆ど金色に光る瞳を細めて、それはそれは嬉しそうな笑みを作った。
「死闘を高みの見物って、特等席だね」
私はろくでもない男を突き飛ばすと、再び空に向かって声を上げた。
ちょっと焦りながら。
「拷問の禁止。戦闘不能状態の時点で戦いは終了。良いな!!タイム解除!!」
「異存はない!!」
最初に声を上げたのは、やはりというか、狛犬である。
彼は私に対し、にやりと太々しく見える笑みを見せた。
自分の勝利を確信した男の見せる表情だった。
そして、円盤の方からも大声が戻って来た。
「我が勝ちは既に決定している。トーゲンが降伏すれば終るというのに、なぜ新たな戦いをせねばならんというのだ」
「卑怯な行為は勝利と言わないからだ!!」
そう、円盤は卑怯者だ。
無力な生徒、妖精の血が入っていようが殆ど人類と言ってよい子供を人質にして、降伏を詰め寄るなんて卑怯この上ない行為だ。
それに対して、一人で立ち向かおうとした狛犬は、立派だ。
無差別殺人ができる者が王になったら、明日からの人生が最悪では無いか。
私は空に向かって、大声を上げた。
「戦わない王を人民は王とは認めない」
数十秒の無言の後、円盤から返礼があった。
無関係な生徒は今すぐにエトマネキ男子高等学校の敷地から立ち去れ。
それから、代表者は戦闘が終了するまで敷地外に出る事を禁止、だ。
私と狛犬は目があった。
私はにやって彼に笑って見せた後、自分の用事は済んだという風に踵を返す。
「うぷっ」
私の顔は硬くて弾力のあるものにぶつかり、そのまま弾かれて後ろへと倒れた。
いや、いや、いや、倒れていない。
真赤な髪をした巨体と言える美丈夫に抱えられていた。