君は俺の思いの中だけの人
人間と時間の流れが違う妖精が人間に恋をしたらどうなるのか。
アダムは自分の父と自分を重ね、虚しいばかりとなっていた。
「俺も父のようになるのかな」
「何を脅える事がある。私はエンキアメル神族になりたくてもなれないんだぞ?」
自分の暗澹たる気持を吹き飛ばす快活な青年の声にアダムは物思いから覚め、彼はそのまま声がした門扉へと視線を動かした。
門扉にはアダムの親友が無邪気に笑って立っていた。
冬弦の父はアダムの父と違い、愛人も作らずに生涯独身のままだったとアダムは聞いている。
アダムと似ているようで似ていない生い立ちだ。
冬弦はアダムと目が合うと、軽く右手を振った。
紺色のシャツに灰色のスラックスを合わせただけの身軽な姿の彼に、アダムは少々面食らっていた。
冬弦はあの白木の剣を常に携えているが、今日の彼には剣の影形も無い。
「どうした?変な顔だぞ」
「悪かったな。君が剣を持っていないのは珍しいと思ってね」
「今日は危険など無いだろう?」
「だな。それでどうした?待ち合わせに変更でもあったのか?」
「違う。待ち合わせには早すぎるのに家を出てしまったからな、君を誘って時間つぶしが出来たらとな。そうしたら呼び鈴を鳴らす前に君こそ出てきた」
アダム達が本日海宇達と待ち合わせる予定のフラミンゴ広場は、能渡井家のある花緒市とエトマネキ高のある宮傘市の境に存在するショッピングモールの前庭のようなものだ。
そこには子供向きの遊具は何も無いが、無数のフラミンゴのオブジェと多数のベンチと噴水が設置されているからか、近隣に住む老若男女の憩いの場であり待ち合わせの場となっている。
アダムの家はそのショッピングセンターに近く、そこで早く来すぎた冬弦がアダムの家で時間つぶしをしようと考えたのだろうとアダムはすぐに理解した。
しかし彼こそ家から逃げて来たばかりだ。
父の愛人がいる家の中に大事な親友を入れたくはない。
「俺も手持無沙汰でね。そんな感じで出てしまったんだ。適当な所で時間でも潰さないか?」
「家から飛び出したいくらいに君も楽しみかな?私は昨夜殆ど眠れなかった。彼女とは半年ぶりなんだ」
「そうか」
アダムは期待溢れる顔をした親友の初々しい様に、自分が彼を騙している罪悪感で胸が痛くなったが、胸が痛くなったことで冷静になれて気が付けた。
彼と海宇は恋人にもなってはおらず、今目の前にいる冬弦と同じ様に片思いしているだけだという現状だったと。
「俺は何て先走ってた!!」
「確かにな。私達はとんだうつけ者だな。だが、だからこそ私は君を応援するよ。同性同士などよくあることだ。君こそあまり思いつめるな」
「それは違うし!!」
「違うのか?では、海宇に友人を紹介して貰うのはどうだ?」
「いや、俺にはもう――」
「もう?好きな相手がいたのか?私の知っている子か?」
「い、いいや。ああ、もう!今日は君の日だろ?さあ行こう」
「そうだな。私が失恋したら慰めてくれよ?」
アダムは先に進もうとした足を止め、大事な友人に振り返った。
冬弦は笑顔は悟った人間が浮かべそうなものであり、アダムは冬弦が本当のハッピーエンドなど望んでいなかったのかと思い当たった。
冬弦はこの先も血を分けた兄弟と戦い殺して行かねばならない。
彼は恋に恋をするこの感覚を楽しんでいるだけでは無いのか、と。
「どうした?忘れ物をしたような顔だぞ」
「いや。気が付いたんだ。歩くには今日は温度が高いなって。車を出させる。君も汗臭くなりたくないだろ?」
「時間つぶしに歩くのも良いと思ったのだがな」
そのままアダムと冬弦は待ち合わせのフラミンゴ広場に向かったが、広場のモニュメント時計は待ち合わせには数十分も早い時刻を指し示していた。
「やっぱり君の言う通りに歩けば良かったな」
「君の言った通りに汗臭くなるよりは早すぎた今の方が良いよ。時間つぶしにショッピングセンターの中に入るか?」
「だな」
「入り口にゲーセンがあったな」
「夢中になって時間を過ぎちゃったりしてな」
「失恋するならば、馬鹿な失態で嫌われた方が良いな」
「冬弦?」
「舳宇は私の姿は恰好良いと褒めてくれたが、あれは彼の優しさだけだった気がするよ。私と打ち解けたようでも、その後はぜんぜんじゃないか」
アダムは心の中で、臆病者めと、舳宇に対して毒づいた。
しかしすぐに自分こそ臆病者だと自分に認めた。
アダムは敢えて舳宇から距離を取っていたのだ。
海宇と舳宇の外見は似すぎており、舳宇を知ることによって自分の中の海宇が舳宇と混ざってしまう気がして嫌だったのである。
「そう言えば君もあの日の執着が嘘みたいに舳宇にそっけないな。舳宇が私に打ち解けていたのは、君効果、だったのかな?」
「違うでしょ。人気者の君と懇意であることを他の生徒には隠したいのでは無いかな。嫉みや妬みは怖いだろう。彼は小中といじめに遭っていたとか言っていなかったか?」
「そうか、そうだったな」
冬弦はアダムの言葉に全てを納得したかのように頬を緩ませる。
アダムは自分の言葉で親友の気持がほぐれたとほっとするよりも、親友を騙しているという罪悪感に襲い掛かられていた。
けれども、あの日の真実をアダムは親友にも手渡したくないのだ。
あの日の舳宇は海宇だった。
彼だけの海宇であったのだ。




