俺が君達のゴッドマザー妖精になるって感じ
宗近が言うには、私とアダムは契約中、ということらしい。
でもってその契約解除には、キス、が必要。
死んだじっちゃんに聞いてみれば、能渡井家の他人の褌で相撲術は大昔からある式神の使役そのものである、と答が出た。
簡易降霊術で呼び出したじい様の言葉なので、それがどこまで真実かわからないが、とりあえず宗近の言った通りだと私はがっくりするしかない。
「キスか~。キスしなきゃアダムが解放されないのか」
そのままにしておこうかと普段ならば私は考えるが、何とかしなければと考えてしまうのは、対象者がひとえにあの誠実で優しい人柄のアダムだからであろう。
真っ当な人である彼の意思を変な術で縛っていることに、私は例えようもない罪悪感で胸が痛いのである。
私を天使だなんて言っちゃうんだよ?
あなたこそイっちゃった?と心配になるじゃないか。
そして鬱々と悩んだ私はようやく決心した。
二人で話し合おう、と。
しかし、自宅にトリックスターを居候させている身の上だからか、物事がスムーズに運ぶなんてことは起きないようだ。
敵は獅子身中に潜むもの。
さあ、出掛けようと靴を履いたそこで、私の靴では無いが女物でしかないワンストラップのコロンとした形の靴が放り出され、それに足を突っ込み始めた人物と遭遇したのである。
足の持ち主を見上げてそこで、私は愕然とするしか無かった。
出現したのは兄だとわかってはいたが、何故か兄は私よりも乙女仕様になっているのである。
襟が無いどころか鎖骨が見える白い綿ブラウスは、清潔感と可愛らしさが同居している。さらにそれに合わせたハイウエストの水色ロングスカートは、水玉模様のチュールレースが重ねてあるという、まさに、デート服な組み合わせ。
「何で、そんな恰好を?」
「冬弦さんも来るからね。僕は冬弦さんと話し合おうと思って」
「え?冬弦が来る?えっと、私はアダムだけ呼び出して欲しいってお願いしなかったっけ?お兄ちゃん?」
「同じ用事ならさ、一時に済まそうよ」
「舳宇が海宇になってか?私を否定するその格好でか?」
私に胸倉を掴まれた兄は、私から目線を逸らして、ごめんと呟いた。
ごめんで済む状況ではない。
舳宇にアダム呼び出しの伝言頼んだはずが、なぜか冬弦と舳宇を含んだダブルデートらしき実態になっているようなのだ。
それだけじゃない。
アダムは私が海宇だと知っているけれど、それでも舳宇が海宇のふりをするならば私は舳宇として振舞わなければいけないのだ。
そして舳宇が演じる海宇は、私という海宇じゃない。
どの世界にもいない架空の少女だ。
私への全否定じゃないのか?
「いいじゃ無いの。許してあげて。舳宇のお陰でアダモっちゃんの心が救われたんだよ。海宇のその格好は恋する男にはあんまりだよ。おしゃれを知らない君が変な服着て変なギャルになると思ったら、ギャルソンになっちまった、とは」
私は舳宇から手を離すと、私を小馬鹿にした男へと振り返った。
宗近は私と似たような格好をしていた。
白いシャツに黒のサテンパンツ。
しかし、宗近のシャツの前立てと胸ポケットには、赤い糸で刺繍が施されているところが無地なだけの私と違う。
今の宗近とすれ違った女の子がいれば、十人中八人は必ず頬を染めてしまいそうだと思える艶姿となっている。
「もしかして、君も一緒?」
「当たり前。大事な親友の一大事、見守るのが普通でしょう?あ、モモちゃんにも俺が声をかけたよ。これで後でモモちゃんが泣いちゃう事態は避けられたね」
「え?」
宗近は私ににんまりと笑ってみせた。
まるでミルクを飲んだばかりの仔猫みたいな顔だ。
それもそうだろう。
彼は能渡井家の子供達が持つことは許されない通信機器を自慢そうに翳し、私をさらに追い詰めて見せたのである。
成人男性の手の平ぐらいの大きさをした長方形の液晶画面には、宗近主宰でお話合いをしたらしい証拠が映し出されていた。
「ハーニバルまで来るのか?彼は合コンに呼び出されるのが嫌でサッカー部の部室を破壊した人じゃなかったっけ?」
「下々から呼びつけられるのは許せないけど、仲間外れにされるのはもっと許せない人なんだよ」
「我儘か!!」
「ついでにさ、外交官の息子でしょ?治外法権の人。ハーさんに何かされても泣き寝入りしなきゃが暗黙の了解」
「そんな人をなぜ生徒副会長にしたの?君達エトマネキの人達は」
「肩書きは時に人の足枷となる。そして、生徒会室という隔離部屋には全校生徒の期待を背負った看守がいる」
「看守?」
「看守。いや、お世話係と言った方がしっくりくるかな。冬弦サンとアダモっちゃんの二人は」
「生徒会長だよね、冬弦さんは」
「生徒会長だからだよ、冬弦サンは」
「やばい。苦労人過ぎる冬弦にぐらっとくるぜ」
「海宇は堂上先輩でしょ!冬弦さんまで取らないでよ!!」
「え!!」
私の頭は真っ白だ。
舳宇は、しまった、という表情の真っ赤な顔だ。
「ともそら、くん?」
「ああ!忘れて。ああ、全く。これが嫌なんだ。僕が僕じゃないようだ」
「だな。それはよくわかるよ。罰ゲームだった女装を、こんなにも嬉々としてするようになっちゃったなんて、変わっちまったなって感想だよ」
「ああ。だから今日で終わらせたい。僕は春桃の事がずっと好きだったはずなのに、冬弦さんを前にすると彼にもそんな感情を抱くんだ。おかしいよ。キスしてこんな状態が終わるなら、僕はいくらでも彼にキスするよ。僕は春桃だけが好きだった以前の僕に戻りたいんだ」
「ですって、海宇様。今日の君はアダムと決着どころか、ご相談をしたいだけでしょう?舳宇に今日を譲ってくれないかなあ?」
私は宗近に頷くしか出来ない。
それに、舳宇が実行したその結果を知りたいと、一瞬でも思ってしまったのだ。
「わかった」
「そう!じゃあ、今日の俺はモモちゃんを受け持つよ。ちゃんとモモちゃんの純潔は守ると約束しよう」
「ちょっと待て。君こそ春桃狙いだったのか?」
「いや。ハーさんが見境ない人だから」
私は結局宗近に頭を下げていた。
春桃を守ってあげてね、と。
私は隙を見てアダムと二人きりにならねばならないのだから。




