あなたの背中を見せて?
冬弦はハッシュを異界送りにした私に労いの言葉を一言唱えただけで、あとは自分の親友への怒りばかりとなってしまった。
私がアダムを選んだ格好となったからだと思ったが、冬弦は私が思い当たらなかった事に思い当たっていたようである。
妖精の力を借りての術の発動は、力を借りた妖精に性的快感を与える、という私こそ忘れていたかった設定だ。
アダム!!
私は慌てながら後ろへと振り返った。
そして、見た。
アダムがしゃがみこんでいるという姿を。
それで彼の全身の状況が良く分かった。
着換えたはずのシャツの背中が、再び彼の血で染みが出来ているじゃないか。
性的快感を追及している場合なんかじゃない!!
「アダム大丈夫?怪我がまた開いたの?さあシャツを脱いで傷を見せて!!」
「いや、やめて!!大丈夫だから!」
アダムは私に抵抗を見せる。
思わず彼のシャツを脱がそうと伸ばした両腕の手首はアダムに握られ、それでもアダムの方が追い詰められた脅えた表情で私を見上げているのだ。
「アダム。じゃあ、保健室に行こう?せめて包帯を巻き直させて」
「大丈夫だから」
「でも、あなた一人じゃ包帯は巻けないよ?さあ立って。立てないなら肩を貸しましょうか?」
「武士の情けって知ってる?トモよ。アダモっちゃんは立ちたくても無理なぐらいにおったっちゃってるの。そっとしとけ?」
「それだけじゃないだろ?アダムは背中の爪あとをトモ君に見せたくないんじゃないの?」
音楽室は千客万来だ。
宗近とハーニバルがやって来たのだ。
ぶらぶら歩いて近づいてきた二人は、少々汗ばんで髪やシャツが乱れているだけという、昼休みにはしゃぎ過ぎたという風情だ。
あの大爆発を起こしていた人達なのに?
私は二人の無事な姿にホッとするどころかぞっとしたが、ハーニバルの物言いには引っかかるどころではない。
私はアダムの体に包帯を巻いたが、アダムに爪など立てていない。
私が見た時のアダムの背中は、チィアートによる傷は受けていたが、それ以外は私が筋肉に見惚れる程に綺麗な背中であった。
そこに、爪あと?
いつ?
私は厨房で倒されたチィアートを思い出していた。
シャツをはだけさせていたアダムの姿も。
「あん時か?それでチィアートは全裸で胸でかだったのか?」
しゃがんでいるアダムは、私に顔が見えないように顔を伏せている。
私はアダムの後頭部の髪を掴み、彼に顔をあげさせた。
アダムの綺麗なファイヤーオパールの瞳は、とっても虚ろどころか、私からの追及を逃れるようにして、スーパーボールの玉みたいにポンポンとあちらこちらに動くばかり。
「アダム?今すぐシャツ脱ぎな。背中に僕の知らないチィアートがぶっさっさっていたら事だからさ?」
「いや、あの、能渡井?」
「ハッシュがあなたの体にチィアートを埋め込んだみたいな事言ってた。だからさ、それが埋まってるかもしれないじゃない?確認したいんだけど?」
アダムを掴む手を宗近が叩いた。
私はアダムから離れると、邪魔をしてきた宗近を睨む。
しかし宗近は悪戯そうに笑うだけだ。
「大丈夫だって。アダモっちゃんがおかしくなった時に、俺達がちゃんと処理しといたから心配ない。だから、うん、いじめるのは止めたげようよ」
「そうそう。体育倉庫の壁に叩きつけたんだ。もう正気でしょ?」
「体育倉庫は破壊リストに入れてないぞ、レイ!!」
「ハハハ、大丈夫ですよ。トーゲン。体育倉庫の壁はアダムより頑丈でした。アダムが数分ぐらい意識不明になっただけでしたね」
「ちゃんと体育倉庫のマットに寝かせたし、アダモっちゃんも大丈夫ですよ」
「なら――」
「冬弦!ならじゃない、しっかりしろ!!宗近、寝かせただけか!」
「トモ君は過保護だなあ。僕達はアダムに構ってる暇がなかったんだからいいでしょ。シルフィダテ族の対処で僕達は精いっぱいだったんだよ?」
アダムが異常行動をしたから気を失わせて、その後は適当な場所に放り込んでいただけ、とは。
「それ、全然チィアートの対処はしてないって奴じゃない。アダムの体にチィアートが刺さってるかの確認もしてないの?」
「したって。だから言ったっしょ。背中に爪痕があるねって。そこにチィアートの足が一本刺さってたから抜いといた。どんなシチェーションで誰の姿のチィアートに引っ掻かれたのか聞かぬが花、でしょう?」
宗近は物凄く生き生きした意地悪顔をしており、彼はアダムに情けをかけるよりも追い詰めてしまいたい気持ちっぽいなと私は思った。
さすがロキの子孫である。
私はボロボロの姿のアダムを見返し、ハーニバルと宗近の言う通りになるが、アダムをこれ以上追及したりするのはやめる事にした。
アダムは丸くなってしゃがんでいる。
確かに哀れこの上ない姿だ。
私は彼の背中にポンと軽く手を置いた。
それから今なら使えるからと、チィアートを破滅させる波動を、私は彼の体に放ったのである。
「はうっ」
「ごめんなさい。痛かったですか?でも、チィアートがまだ体の中にいるなら全部を殺したかったから」
「あ、ああ。わかっている。こ、これぐらい、何てことない。体育倉庫のコンクリート壁に叩きつけられた衝撃と比べたらなんてことはない」
「先輩、病院には必ず行って無事なの確認してください。病院に行かずに死んだら許しませんよ。イタ飯の約束は生きてますからね」
「うわ、酷い奴」
「アダムもどうしてゲテモノ食いなのかな」
「煩いよ!!そこの人でなし二名!!」
「いや、体の心配しているようで実は心配が飯だろ?舳宇、アダムは私の親友なんだからあんまり傷つけてやるな?」
「ええ?」
四面楚歌らしい私はみんなが守ろうとし始めたアダムを見返す。
あれ、膝がぐにゃってしそうになった。
私を見上げるアダムだが、ものすっごく良い笑顔をしているのだ。
でもって、え?
私を、天使、なんて言った?




