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ようやくの結末、と後

 アダムこそ私に異界流しを望んでいた。

 それはきっと、自分の中にハッシュの意識を持った存在があるのは気持ちが悪くて辛いに違いない、ということだからであろう。


 だって見てよ。


 自分で壁に頭を打ち付けたのか、彼の額は打撲の跡で血がにじんでいる。

 ハッシュの支配から逃れようと髪の毛を掻きむしったりしたのだろうか、艶やかだったはずの彼の真っ赤な髪の毛は埃と汚れでぼさぼさだ。


 私の瞳を覗き込むアダムのファイヤーオパールに輝く瞳は、必死この上ない。


「頼む、異界流しをしてくれ」


「異界流しなんか、うぷ」


 アダムは、なんと、血が付いた自分の指を私の口に擦り付けた。

 私はアダムを睨む。

 彼は私に片目を瞑って見せた。


「さあ頼む。能渡井家秘術を見せてくれ。俺の力を使って」


 だからできないって。

 それは能渡井家の者として絶対に言えない!!


 どうしよう。

 私はアダムから顔を背け、音楽室の中の冬弦を見返した。

 冬弦は、見返すんじゃ無かったと私が一瞬で後悔するような顔つきで、自分の足元のハッシュではなく私とアダムを睨んでいる。


 進退窮まったと、私は両目を瞑っていた。


 だがそれが良かった。

 瞼が閉じ切ったそこで、私は気が付いたのである。


 一度だって見えなかったもの、能力者だったら見えるはずの異界の扉と言える光、妖精界の扉、あるいは、黄泉平坂を塞ぐ大岩、が私に見えたのだ。


 私はアダムの腕から飛び出し、厨房でしたようにして、大きく右足を床に打ち付ける。

 私の足が床を叩いたそこで、私は能力があれば術者にできる事を知った。

 力技を使えるならば、私の足の周りに円陣を出して回すんじゃ無く、最初から的のまわりを囲めるんだわ、と。


 今の私ならば、できる。

 舳宇が第一王子を異界流し出来たように、私だってできる。


「八卦、帰魂の術」


 ハッシュが横たわる床の上に、ハッシュを中心として八卦が描かれた八角形の真赤な円陣が浮き出た。


 パアン。


 私は大きく柏手を打った。


 グルグル回りだした八角形の円陣が赤いのは、これがエンキアメル神族の力で出現しているからで、エンキアメル神族が大地の精霊であるが火山こそを司る炎属性だからであろう。


 ここでようやく殆ど死んでいた妖精、ハッシュが息を吹き返した。


「はあ、やめ、やめて、いや、か、帰りたく、やめて!!」


 ハッシュが動き出したのは、ハッシュと同化していたシルフィダテ族の意識がハッシュの肉体に注ぎ込まれたからかもしれない。

 つまり、シルフィダテ族の意識さえも私の術に集中し、私の呪法にて異界に流されると脅え、自ずから私の術に嵌っているのだ。


 いける!!


 真赤な円陣はさらに勢いを増してグルグルと回り、そのうちに真赤な精霊の炎を大きく立ち上げる。

 ここに残って焼き尽くされるか、昇華して天に帰るかどちらかだ。


「いや、いやだあ!!」


 ハッシュの叫びに呼応して世界は真っ暗になる。

 それは現世の肉体を失ったシルフィダテ族の意識が集まったから。


「ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか

うおえ にさりへて のますあせゑほれけん」


 うぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………


 ひふみ祝詞は最短でありがたい。

 祝詞が終わったその時、私が開いたあの世とこの世の境の扉が閉まり、ハッシュという妖精はこの世から消えた。

 いいや、シルフィダテ族そのものが、人間界から消えたのだ。


「すごいな。あの日に見たものよりも恐ろしい。海宇が行った異界流しと違うが、それは女と男では継ぐものが違うということか?」


 世界は再び明るくなり、音楽室は嘘くさいほどに日常の何も無い状態だ。

 日常になればダメ出しもされるという事か。


 舳宇と私の術が違うのは当たり前だ。

 無能力集団である能渡井家の呪法が、呪法を受ける方がそんな気になってくれると良いなという、詐欺的呪法でしかないのである。

 それぞれが術について説得力があって効果的な演技ができるものを構築しているのは、能渡井家では当たり前の事なのだ。


 そして、能渡井家がはったり上手なことこそ守らねばならない家の掟である。

 呪法が使えるからこそ天然記念物扱いで、国や上級妖精から生存権を認められているどころか保護を受けているからだ。

 ので、それっぽく演技しているだけとは、絶対に、誰にも、告白できない。

 それに、初めて能力者の感覚で術を発動出来た今の私は、たった今の術の効果にぞっとしているぐらいなのだ。


 つまり、冬弦に何て返すべきなのか、ぜんぜん頭が回らない。

 そこで、私はこんなのいつもの事、という風に余裕そうな笑顔を冬弦に向けた。

 しかし、冬弦は私に笑い返しはしなかった。

 私を睨むだけである。

 確かに結果として私がアダムを選んだようになったから、冬弦のプライドを傷つけたに違いないだろう。


「腰を抜かせるほど良かったか?いや、必死でここに駆け付けたのは、そもそもそれ狙いだったのか?見下げ果てた奴だな!!」


「ええ?」


 冬弦が睨んでいたのは私ではなく、私の後ろのアダム?

 あ、そうだ。

 力を借りた妖精は術が発動する事で性的快感を受けるんだった!!

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