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王子と兄と宗近、そして私

 私に手を振り払われた狛犬は、王子という立場でありながら振り払われた事を侮辱とは取らなかった。

 それどころか、嬉しそうに顔を綻ばせたのである。


「君は実はこんな性格だったのか!!そうだな。君子危うきに近寄らずだ。三年から呼び出しを受けて不安に思わない一年はいない」


 呼び出された先でボコられる。

 そんなのは学習したどころか、兄の体にしっかり染みついている。


「うぜえんですよ。ひと目が無い所でされる話が真っ当な事ないじゃないですか。話どころかボコられんのがオチですって、うわ!!」


 私は宗近に腕を引かれ、彼に引き寄せられた。

 少女漫画だったらここで宗近が私を自分の背中に隠す所だが、彼は私を自分に引き寄せて小声で囁いただけだった。


「キャラ変、キャラ変だって。それちょっとガラ悪すぎ。トモ君じゃない」


 私は宗近こそ思いっ切り振りほどいた。

 私が通うのはお嬢様学校であるハナモリヤ女子学園だ。

 健全なる男子高生の口調なんか知るか、である。

 私は狛犬の前に一歩踏み出し、両腕を組んで顎を上げ彼を睨む。


「とりあえず、今はこんな状況です。やることないんだし、話ぐらいは聞きましょうか?先輩」


 狛犬はすっと真顔に戻ると、私に向かって左の眉を上げて見せた。

 人を小馬鹿ではなく、計るような目線だ。

 そして、皮肉そうに口元を歪める。


「君に頼みごとがあっただけだ。それは今度、このような状況ではない時に伝えさせてくれ。今は私はやらねばならない事がある」


 そこで一度言葉を切った狛犬は、空を見上げた後、大きく息を吐いた。

 灰色の空には妖精魔法と人間の化学を融合させただろう、それでも宇宙には行けない宇宙船が浮かんでいる。

 だからか、狛犬の声が意外にも虚しい響きを感じさせた。


「本当に迷惑な話だよな。王位継承権など、継承権五番目ぐらいの兄と姉だけで争って決めれば良いというのに。総当たり戦とはな」


「一番目の兄を粛清した継承権十三番目の人がいるから、こうして王位継承争奪戦が行われてしまったのでは無いのですか?」


 宗近の言葉に狛犬は反応したがそれだけで、彼は私達に顔を戻して私を見つめる。男の人にこんな風に見つめられた事が無い私の心臓が、ドキン、なんて鳴ったじゃない!

 そんな私に追い打ちをかけるようにして、狛犬が私に手を伸ばした。

 まるで弟にするみたいにして、私の頭を撫でて来たのである。


 いや、今言ったの、宗近、宗近ですって!


「あの」


「それは仕方がない。大事な人を守りわが手に抱くためだった。安心してくれ。私は義兄弟となる君を絶対に守り抜く」


「え?」


「君の妹、海宇殿に告白するまで、私は死ぬわけにはいかない」


 狛犬は私の頭に乗せていた手をあげると、自分の胸元でぐっと拳を作った。

 まるで何かに誓う様にして。


 義兄弟?


 私は宗近に視線を動かした。

 彼はお道化た笑顔で、両手の人差し指で作ったバッテンを自分の口元に当てた。


 ないしょだよ?


 内緒って、私が兄では無くて本人だって事をか?

 ここは本人だって告白して、さっさと一人で死んでもらうってのは、てのは、駄目じゃない、道連れにされそうで大変だ。

 兄の呪い返し作戦だって効力失うどころか、直掛かる!!

 私はブリキの人形になった気持ちになりながら、狛犬に目線を戻した。


「えっと、あの。面識、ないですよね。ぼ、僕の妹と」


「初詣で出会った。長い髪に着物が良く似合って、そして、今どきにはいない楚々とした人で、ひと目で恋に落ちてしまったんだ」


 私は宗近に再び目線を動かした。

 彼は吹き出しそうな口元のまま、私に向かって頭を上下させた。


 わかるよね、ないしょだよ?か?


 わかったよ。内緒にしなきゃ。

 だって狛犬が惚れたの、罰ゲームで女装した兄だもの。


「では、行くか」


「行くって、え?」


「君達を巻き込んではいけない。私一人で何処までやれるかわからないが、とりあえず戦ってくる。そうだろう?私が出ればそこで君達の解放だ」


 狛犬は微笑むと右腕を下に向けて振った。

 いつのまにか彼の手には白木の杖が握られていて、その白木に稲妻の輝きを放つ象形文字が刻まれているならば、それは妖精の秘剣であるはずだ。


「お一人で立ち向かわれると?」


「あのような小者、私一人で充分だ」


 いや、どこまでやれるかわかんないとか言ったよね?

 狛犬は私から踵を返し、私は彼の腕を掴んでいた。


 振り返った狛犬は、今度こそ王様みたいな顔で私を見据えた。


 邪魔だてすれば斬り殺すぞ、の顔だ。


 そんな事でワクワクしてしまう私は、きっと半妖精達よりも壊れているのかもしれない。

 でも、ご先祖様は下っ端かもしれないけれど、陰陽寮の呪術者だ。

 私は狛犬に微笑み返した後、大声で空に向かって叫んでいた。

 空の張りぼてにぜったいに聞こえるぐらいに。


「タイム!!」

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