君に頼む
冬弦によって床に沈められている第六王子ハッシュだが、彼は瀕死の状態ながら私と冬弦に毒を吐いた。
お前の大事な親友の血肉は旨かった?
アダムは、私のせいでチィアートの攻撃を受けてしまっていた。
あの時の、彼の体にめり込んだままの虫が、まだ残っていた?
私は自分の想像によって、ひぃっと小さく悲鳴を上げていた。
アダムのあの逞しい背中から無数の虫が突き出していて、それらがウネウネしているイメージが湧いてしまったのだ。
「うわあああ!嫌だあああ!アダム!!」
私の叫び声に冬弦は私に振り返ったが、両手で顔を覆ってしゃがみこんだ私を見た途端に、彼はすぐにハッシュに向き直った。
殴りつけてやるという風に彼は杖を振り上げる。
「きさま!!アダムを殺したのか!!粉々に打ち砕いてやる!!」
「はは、ははは。死んではいないさ、まだな。だが、私を殺せば私と共にある者は死ぬ。よって、死ぬのはお前だ。家族も族も存在しないお前には、アダムという親友は大事だろ?」
ガツン。
冬弦はその剣を床に打ち付けた。
彼は敵に立ち向かうどころか、力尽きた戦士のようにして両手で掴んだ剣に身を寄りかからせている。
「冬弦さん」
私は彼に呼びかけるしか出来なかった。
いや、謝ることしかできないであろう。
私を守ろうとしたためにアダムはチィアートの洗礼を受けてしまった、のだ。
だから、ハッシュを殺すことはアダムの命を奪う事になる……なる?
私は自分の右手を見返していた。
アダムの脇腹に指を差し込み、アダムからチィアートを抜き取ったその手だ。
「いや。私はあの時点でチィアートを殲滅したぞ?」
「舳宇?」
私はすくっと立ち上がった。
私は右手をぎゅっと握ると、その手を左手に打ち付けた。
虫を潰してやる感覚で。
「ひゃっ!!」
ハッシュは胸を押さえ、ハッシュを形づくっていたチィアートが数匹ほどパラパラと彼から外れて床に落ちた。
「……術者か?貴様は何を」
ハッシュはようやく気が付いた私に脅え声を出したが、私こそこの結果に打ちのめされていた。
破壊出来たのがたった数匹だという事から導き出された事実は、二つ。
私に呪が使えるならば、私とアダムはまだ繋がっている。
しかし、私にエンキアメル神族の加護の力を引き出せないぐらいに、アダムの生命力が酷く下がっている。
「ああ!アダムが!!アダムはどうなっちゃったの!!」
「わかっている、舳宇。だから頼む。ハッシュを異界送りにしてくれ」
「異界送りなんてできない!!」
「わかっている。だがやってくれ。一か八かだ。ハッシュという存在を異界に流すことでアダムが救われる可能性があるんだ」
「冬弦さん!!一か八かも出来やしません」
「すべての咎は私が受け持つ」
冬弦は真っ黒な瞳を私に向けたまま、自分の左手の甲を齧った。
彼は血のにじんだ手の甲を私に突き出した。
私には異界流しなど出来ない、と、冬弦に告白するべきだ。
能渡井家が上級妖精にだけは有効な異界流しが出来るのは、それは妖精の単なる錯覚で思い込みの結果でしかないからだ。
人と会話が出来て人の語る理を理解できる知恵のある妖精ならば、人が術を使える生き物と思い込み、自分がその術に掛かったと思い込んでしまうというだけの話であるのだ。
つまり、錯覚した妖精が自分の能力で自主的に妖精界に帰るだけ、なのである。
地鎮祭を能力が無くとも行える神官と同じ仕組みなのよ。
だから、舳宇が第一王子を異界流し出来たとしても、AIみたいなチィアートが不安や思い込みをして異界に逃げ込むとは思えない。
「と、冬弦さん、あの」
「力が足りないならば私の血を使え。ハッシュの意識さえ抜けば、単なるチィアートに戻るだけだ。頼む。アダムを解放してやりたい」
そっか、帰すのはハッシュの意識。
除霊みたいなものと考えればいいのか。
「あ、でも、そうしたら、チィアートがアダムの中で暴走とか」
「あいつの体はデカすぎて、きっとチィアートは中で迷うかもな」
「冬弦さん、たら」
私は覚悟を決めた。
だから、冬弦の手の甲を舐めようと身を屈めた。
「うわっ」
「ひゃっ」
私と冬弦は同時に物理衝撃を受けていた。
ソフトバレーボール用の大きくてふにゃふにゃのボールを体に受けたのだ。
「――使うんなら、俺の血を、――れの力を全部使い切りやがれ」
音楽室の戸口前、ハッシュが倒れているそこに、満身創痍という言葉通りの男が立っているじゃないか。
私の足は戸口へと駆け出していた。
もちろん、私と冬弦にボールをぶつけたアダムにむかって、だ。
彼こそ私の動きに合わせて動いた。
アダムは邪魔という風に足もとのハッシュを音楽室へと蹴り込んだ。
床を滑ったハッシュは音楽室に、逆に私は室外に出たばかり。
けれど外に出たとは言い難い。
私はアダムの腕に捕らえられていた。
「君が他の男を舐めるのは、俺が死んでからだ」
耳元で囁かれた声が物凄く凶悪な声だが、アダムのかすれ声の低い声は私を安心させるばかりだった。
私はアダムの背中に腕を回していた。
大きな背中の持ち主は、私の腕を感じてびくっと震えた。
「ごめん」
腕を慌てて外そうとしたが、私の左手はアダムの右手によって固定された。
「いくらでもしがみ付いてくれて構わない。俺は君の騎士だ」
「そこに拘って大怪我をされるのは辛いよ?」
「君の為に負う怪我は痛くない。俺は簡単に死なない。俺を殺せるのは君だけだよ。さあ異界流しを見せてくれ。俺の力を全部使ってくれて構わない」
「あなたは死ぬつもりなの?」
「死にたくないから、この茶番をいい加減に終わらせたい。頼む」
「だけど」
頼まれたって、私は能渡井家だ。
異界流しなんてでき無い、のに!!




