厨房で責め、義愛
厨房にて自動殺戮兵器がアダムを襲っていた。
駆け付けた私と冬弦が見たモノは、チィアートが擬態した人間体の後姿である。
私はそいつを許せななかった。
それは、そいつが男子が好きそうなエロゲ風味の体を晒しているからではなく、私に化けてのその姿であることに、である。
私のふりしてアダムに近づき、完全に虜にして殺すために服を脱いでその素晴らしきエロゲ風肉体美を晒したのだろう。
しかしアダムと冬弦を魅了したチィアートの肉体は、今や見る影もない。
もともと冬弦達が仕掛けていたトラップの発動を受け、フリーズドライ化した肉体がどんどんと壊れていっているのだ。
腰の部分が割れ、続けて膝、膝が壊れた反動で股関節と、次々と砕けていく。
まるで、塩化ビニル人形が経年劣化で脆くなり、最後にはバラバラになって壊れてしまうようにして。
カシャン。
床に落ちていく人体の一部の形をしたたそれは、もともとのチィアートである虫の姿に戻るどころか、虫の死骸がそうであるように、粉々になるだけだった。
「もう再生は無いな」
大きな溜息の混じった声で冬弦は呟いた。
二群体目の完全破壊。
クエストの二つ目をやり遂げたことになる。
だが私はこれについて何の感慨も沸かなかった。
ただ、アダムが私から思いっ切り顔を背けたことに、思いっきりむかっ腹が立っただけだ。
アダムはただ単にボタンを嵌めようとして体の向きを変えただけ、と見るべきだろうが、どうしてシャツのボタンが全部外れているのだと尋ねたい。
ボロボロのシャツの時は私の前で脱ぎたくないと言ったくせに、ちょっとした誘いで着替えたばかりの綺麗なシャツを脱いでしまうとは。
それに、何だその顔は!
私に対して物凄く申し訳なさそうな顔をするなんて、それは男にしか見られない私への憐れみみたいなものか?
全く男という奴は、だ。
私はアダムへと駆け寄ると、アダムの尻を蹴り飛ばした。
「この馬鹿野郎!!」
シャツのボタンにかかり切りだった彼は簡単に床に転がったが、私に仕返しするどころか私に手を合わせて拝んで来た。
「ごめん!!今すぐ忘れるから!!」
「覚えてても構わねえよ!本物の胸がこんなにデカく無くて悪かったな!!」
「違う。俺はそんなの思ってない!!」
「そうなのか!それが真実だったのか!」
冬弦もここにいるのを忘れていた!!
私とアダムのやり取りで、私こそが海宇だってことが彼にバレてしまった。
アダムも私も、しまった、と思ったと思う。
だって私達は同時に冬弦へと振り返っていたのだから。
冬弦は騙された事に対する怒り顔どころか、納得した事こそ嬉しいと読める穏やかな笑顔で私を見つめていた。
「冬弦……さん。あの」
「君の言った事は口外しないと誓おう」
「ありがとうございます」
「感謝するのは私の方だ。私は私の海宇がどこまでも奥ゆかしかったと知ったのだ。そうだな、着物が似合う美女は細いものと決まっている」
冬弦が妄想ピンク野郎で助かった。
私はアダムに右手を差し伸べた。
「能渡井?」
「いいから立て」
「不甲斐無い俺を許してくれるのか?」
「なんかこの世で無条件で僕を守ってくれるのはあなた一人な気がしてきたからね。蹴って悪かったよ」
「いや。そこは嬉しかった」
私はぞっとしたまま、掴んだばかりのアダムの手を離してしまっていた。
アダムはバランスを崩して再び床に尻餅をつく。
「能渡井?」
「ごめん。蹴られて嬉しい人って、あの、ちょっと、びっくりしちゃって」
「ちがう!!」
「アハハハ。私も驚いた。アダムが女性と続かないのはそれが理由だったか」
「あ、優しく頼りがいのある人に、蹴ってくれ、なんて言われたら引きますものね。わかります」
「冬弦、余計な事を言うな!!み、じゃない。能渡井!!全くの誤解だ!!」
「ハハハ、やはり舳宇は酷いな。だが舳宇、アダムを虐めるのはほどほどにしてくれ。いくら変な性癖があろうと親友なんだ。いや、アダムが君に罵られることが羨ましく思ってしまうのかな。君達はとっても仲が良い兄弟みたいだからな」
罵られたいだなんて、私は冬弦が少し可哀想になった。
確かに彼には殺し合うばかりの兄弟姉妹というものしかいない。
そして、あらら、気が付けば私の横でアダムが正座していた。
頭を垂れて正座している彼の姿は、落ちこんでいるね、そんな言葉では可愛いぐらいの悲壮感に満ち満ちている。
変な性癖がバレたらいたたまれなくなるのは、考えるまでも無いな。
首を下げているために、アダムの襟元から私が巻いた包帯が見える。
彼が負ったこの傷は、私を守ったから出来たものだ。
私は再びアダムに右手を差し出していた。
「それでも俺を受け入れてくれるのか」
「僕にシューを焼いてくれる人ですもの」
アダムは再び頭を垂れた。
それどころか私に土下座した格好となるとは。
「本気で舳宇は酷い男だな」
「どうしてですか!!アダムさんは僕の為にシューを焼いてくれているんですから、少々の変な性癖ぐらい気にしないって慰めたんですよ?」
「そのシューの種が鍋の中で焦げているんだ。もう一回やれという意地悪か?」
私は冬弦が指し示した方角へと振り返ると、木べらが刺さったままの鍋から煙がたなびいているのが見て取れた。
食堂中がバター臭かったのはこのためか。
「すまん」
私はアダムに分かるようにしっかりと手を差し伸べた。
アダムはそろそろと顔を上げて私の顔を覗き込む。
叱られたばかりの犬みたいだと思ったら、こんな大男なのに可愛いかもと胸がきゅっとした。
「いいのか?」
「イタリアンを奢って貰う約束はまだ生きてます」
「舳宇は鬼か!!」
煩いな、冬弦は。
その酷い事をされているらしい当のアダムなんて、私の手を握り返し、嬉しそうに顔を綻ばせているじゃないの。
「鬼じゃ無いですよね」
「鬼だよ。最高に怖い鬼だ。最高に旨い店に連れてくから、そこは期待してくれ」
「そうだな。不味かったら、さらに酷い目に遭わせられそうだ」
「うるさい!!冬弦!!」
わお、私に罵られた冬弦も嬉しそうに笑うなんて。
妖精の血を引く男は自虐的なのかな。




