十三番目の王子様と兄
エトマネキ男子高等学校の校庭は、球技大会でにぎわっているどころか、妖精王の六番目の王子によって制圧されているという状況だ。
妖精の王子が私達を脅すのは、私達の真上の空に留まる銀色の円盤からだ。
その円盤からは私達を威圧するべく、三百三十三人の人を校舎ごと灰にできる砲が禍々しく突き出されている。
空を見上げる私の視界に、すいっと別のものが入り込んできた。
宗近も空を見上げているが、わざと私に寄りかかって私の視界を邪魔したのだ。
いや、立っているのに飽きたから私に寄りかかって来たのか。
私は兄の親友な癖に私にとってもなれなれしい男の背中を両手で支え、これ以上自分に寄りかからないように押し返す。
「アハハ。頑張れ!」
「もう!しゃんと立って!子供かよ」
「子供かもねえ。六番王子ってとりあえず二十歳越えてるのにこれじゃない?妖精の年齢的に子供だからなのか、知性が小学生で止まるから妖精なのか?あの映画と同じ飛行機乗りた~いって奴かな?妖精がUFOに乗ってご登場って、情けなすぎて笑いどころが見つからない」
「君の王子様をディスっていいの?」
「いや。俺の王子ではないね。俺のひいばあちゃんは違う」
私は、そうだった、と思い出す。
自分の親友で大金持ちの東雲春桃は、ピンクの髪に水色の瞳という凶悪なぐらいに可愛らしい彼女は、自分はプリュンゲルとか言っていた。
妖精の王はオーベロンだけでは無いのだ。
それは人間の創作。
本当は色んな族(属?)があって、それぞれに王様や女王様がいる。
「はっ!!宗近!!あなたが巻き込まれたらあなたの王様か女王様があの銀盤王子に報復するんじゃない?それを言ってあいつらに引いてもらおうよ」
「ん~。無理。うちはひいおばあちゃんしかこっち残ってない」
「妖精のくせに使えない~」
「失礼な!!一昔前の揶揄を使うなんて。この化石生物が!!」
ぴょこっと私から退いた宗近であったが、彼は私の額を右手の人差し指でぐりぐり突く。
私は殴ってやりたいと思いながらも、宗近を睨み返すだけにした。
殴った事で半妖精の怒りを買って、変な魔法をかけられたら嫌じゃないか。
古き時代の陰陽寮に籍があったらしいご先祖様の加護呪法のお陰で、我ら能渡井家は妖精と交われなかった一族なのである。
つまり私と兄は単なる人間で、妖精魔法が使えない。
「そこまでだ。兵庫」
私を助けたというか、私と宗近の間に勝手に割って入って来たのは、エトマネキ男子高等学校三年の狛犬冬弦様である。
狛犬は、かっての日本の東北出身者を思わせる彫りの深い端正な顔立ちと、細身ながら武術を嗜んでいそうな体格をした長身の男だ。
髪は漆黒、瞳は黒曜石のような輝きのある闇色だ。
「あ、王子、お疲れ様です」
兵庫は軽く狛犬に頭を下げた。
狛犬はぎりっと歯噛みした。
つまり、この純日本風だが物凄く美形な高校三年生は、妖精の血を引いたどころか、今現在お空にいる六番王子が指名手配している人なのである。
全校生徒を人質に取られて身動きが取れない人は兵庫を無視し、私の肩にポンとその大きな右手を乗せた。
「状況を変える努力はしている。もう少し我慢してくれ」
生徒会長もしているらしい彼が私に向けた真摯な表情は、支持率百パーセントを誰もが信じるであろうと私に思わせた。
だが、私には現状の原因そのものの人でしかない。
銀盤の、じゃない。
双子の兄が私を男装させ、自分の身代わりにエトマネキ男子高に放り込んだ、その原因の方である。
人間でしかないためにいじめを小中受けてきた兄は、いじめのない学校と聞いてエトマネキ男子高を受験した。なのに、全校生徒の憧れらしい狛犬に目を付けられて、毎日逃げ回っている状態だというのだ。
「お願い!!海宇。球技大会は無礼講でしょう。三日間だけ助けてちょうだい!」
私は今朝の事を思い出しながら大きく溜息を吐くと、自分の肩にある王子様の手を左手で大きく振り払った。
「気安く触んなよ」
そして、睨みつける。
多分舳宇の願いは、この目の前の先輩に今後ちょっかいを出されないように、私に暴れて欲しい、そういう事だと思う。
妖精の呪いを狛犬が目の前の私に掛けたとしても、私は女の子で海宇であり、ここにいない舳宇を呪った事にはならないからだ。
そして掛からなかった呪いは呪い返しとして呪った相手に戻る。
流石陰険な兄。
ただ虐められていただけじゃない。