私立学校も男も飯で選べ
エトマネキ男子高等学校の学食は、我が母校のハナモリヤ女子学園の学食と大して変わらないものだと思っていたが、それは間違いだったようだ。
「学校の食堂がどうして高原の隠れ家的レストラン仕様なんだ!!」
広々とした室内に設置されたテーブルは大人数用に横長のものだが、天板が安っぽい白と金属の脚どころか、どこかの修道院を想起させるようなしっかりした木で出来ている重厚感のあるものだ。
椅子だってパイプ椅子じゃない。
背もたれが透かし彫りになっている、木の椅子だ。
天井など明り取り用の窓があるが、その窓ガラスはステンドグラスなのである。
テーブルにレースのクロスを被せ、そこいらじゅうに花を飾れば、結婚式の披露宴会場に仕立てる事が出来るのではないのか、そんな内装である。
「これで飯が普通の学食だったら笑えるな」
私の目の前に、小豆色の布カバー付きのメニュー表が差し出された。
宗近はそれはもう勝ち誇った顔をしており、私は彼を睨みつけながらそれを受け取り中を開く。
「なんてこと!!とんだお坊ちゃま校だったのか、ここは!!」
300円のうどんそばに350円のカレーなど、通常の学食値段のメニューも記載されているが、前日予約必要な特別メニューまで存在しているのだ。
「スペシャルハンバーガーセットは笑えるな。昼飯に三千円のコース?短い昼休み時間でどうやって食べきるのよ。なんなのこのガッコは」
「コースでも順番に出るわけじゃなく、大きなお盆で一時にハイ。なら食べきれるでしょ。それに、授業は無くとも食堂が通常営業している球技大会みたいな日は、さっさと負けて打ち上げ風に豪勢な昼飯に舌鼓を打つ、なんて考える輩もいるんじゃない?」
私はメニュー表から顔を上げて、宗近を見返した。
宗近は、残念だね、と口を歪めて見せた。
「確かにな。舳宇から事前に今日の相談を君が受けていたってことは、あいつは私と君に特別メニューを予約していたってことなんだな?」
「当たり。特別メニューはバックレ防止の前払いシステムだからね、あいつの六千円は台無しになっちゃった」
「許せないな。第六王子」
「だね。では、俺達の王子様に合流しよう」
私の手からメニュー表は抜き取られ、宗近はそのメニュー表で我らが王子様がいるらしい場所を指し示した。
その方角には重厚な両開きの扉がある。
「特別ルーム。席料付きの予約制。せっかくだから使おうねって。特別メニューの幾つかもテーブルに並んでいる。緊急事態だしいいよねって」
「まじかよ。それをさっさと言って!!」
「ずっと言ってるじゃない。王子がイライラして待っているよって」
「もう!!」
私達は笑いながら駆け出し、王子狛犬冬弦が待つ扉の中へと飛び込んだ。
特別室は特別室というだけあって、中世の貴族のサロン的な室内装飾がある部屋で、そこに置かれているのは木目が美しい円卓である。
ついでに、書き込まれたホワイトボードなどが持ち込まれており、まるで狛犬達こそ歴史ある世界に侵略に来た無法者のような印象となっていた。
いや、無法者そのものだろう。
テーブルの上に並ぶ料理の数々が職員の消えた厨房から略奪したものだからではなく、盛り付けになんのこだわりもなく適当な皿に適当に盛っただけという風情なのだ。
高級飯が残飯風になっている、とは。
「先輩!!せっかくの料理に何してくれてんですか。手当たり次第に皿に乗せただけなんて、料理って見た目が一番大事なんですよ!!」
「こらこら、喧嘩売るな」
私は宗近の制止にハッとなって、円卓に座る年上、思いっ切り扉の対面となる円卓でも上座におわす狛犬を見つめ直した。
彼は繊細な顔に存在する真っ直ぐな眉毛を不機嫌だという風に潜め、礼儀知らずの私に雷を落す前段階という風に顎を上げて腕を組んだ。
「アハハハ。堂上サンが可愛がるわけだよ。同じだ。同じ事言ってる!!」
私から見て狛犬の左隣りに座っていたハーニバルが笑い出し、私の隣にいた宗近は私の肩に軽く拳を当ててからハーニバルの隣に座った。
宗近に見捨てられた!!
四面楚歌となった私は、取りあえず保身のために頭を下げた。
「失礼しました。お待たせしたのに生意気を言って。まず食事を用意して下さったことに感謝するべきなのに。申し訳ありません、した!!」
「いいよ。構わない。君も座って」
「あざす」
私は宗近の隣に座る。
それから、まだ空っぽの席を見つめた。
堂上が座るであろう、堂上のための空席だ。
「あいつはすぐに来るよ」
私の不安を見透かしたような狛犬のセリフだが、私を安心させるつもりの癖に不機嫌そうな硬い表情である。
感情のない虫みたいな?
まさか。