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秘密の開示は男子トイレで

 私は何の気も無しに尋ねていた。

 宗近のパンツの色を。


 ボクサーパンツをこよなく愛する私は、派手なパンツ柄をこよなく愛すが、宗近もそんな派手柄フリークなのだ。

 また私がボクサーパンツに拘る理由は、普通の女性用パンツと比べ物にならない程にとっても履き心地が良いからに他ならない。


 着心地の良いパンツである理由は、SサイズだろうがLサイズだろうが、どんな体形でもぐいーんと伸びて体の負担にならない素敵素材製であるからだ。

 つまり、体形違いの男の子でも履いてしまえるってこと。


 そのため、我が家に泊まりに来た宗近によって、私の大事なコレクション的未使用品が彼の替えパンツとしてパクられることが時々起きているのである。


「どうして答えない?まさか、白、とかか?」


 私の消えた大事なパンツは、白地に白抜きの紺色のカモメに水色の魚が散らばる中に不機嫌な猫のリアルな顔がプリントされているものである。


「セクハラか?紺だよ。俺がお前に尋ねるってやつなんだけど?」


 私は制服パンツを引き上げてベルトをし直すと、便座の音消しボタンを押す。

 水の流れる電子音がトイレに響く。


「互いに相手が本物か確認する遊びならさ、私が君に尋ねるでも一緒でしょ」


 私は音を立てないように便座に蓋を被せると、そろそろとその上に乗り上げる。

 ミシ。

 上がり切ったそこで、プラスチックの蓋が軋んだ。

 ミシ、ミシシ。

 便座の音量ボタンを最大に動かす。


 ざああああああああああああああ。


 音が大きい!

 急いで音量を二つほど下げる。


 ざあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。


「え、ええと。宗近が最近好きな漫画なんだっけ?」


「おいおい、俺が質問係なの。最近好きな漫画は?」


「君が我が家に持ち込んだ奴。僕が読むのはもっぱら君の漫画でしょう」


「そうだったな。じゃあ、君が興味あることは?」


 私は右手の人差し指と中指を立て、その指で自分の周りに一周の円を描いた。

 見える人には私が二重になって見えるはずだ。

 この扉の前にいる奴に、それがどこまで通じるかわからないけれど。


 私と堂上を出迎えたのは宗近だった。

 私と堂上は狛犬とハーニバルの姿を一度も見ていない。

 彼らが無事でここが完全に安全だという認識は、全て昇降口で出会った宗近から受けているものである。

 宗近にもしもの事があったらどうしよう。

 皆に何かがあったとすれば、それは足手まといになった私のせいだ。


「くっ」


 私は左手の人差し指を噛んでいた。

 思わず泣きそうだったから。

 心細いからじゃなくて、自分の間抜けさが悔しくて。

 兄と私にとって、宗近は大事な家族そのものだったから。


 それなのに、偽物と見分けられもしなかった、だなんて!!


「能渡井君?俺は聞いているんだよ。答えて。君が偽物だって言う決断はさ、俺は絶対にしたくはないんだ」


「宗近が最近好きな漫画は何かな?」


「だから!俺が質問しているんだよ!」


「それが答えだからだよ。宗近だったらわかるよね?君が宗近じゃないから、僕から僕自身の情報を手に入れたいだけじゃないよね?」


 個室の扉の向こうは急に静かになった。

 便座の音消し用の水音も消え、しんと、内も外も静寂に満ちた。

 聞こえるのは私だけの呼吸音。

 私は震えながら、便座の音消しボタンへと指を伸ばす。


 カチカチ、カチ、パチ、カサ、カチカチカチ。


 私の指の動きは止まる。

 ビニール袋が勝手に動いているような音、それはゴキブリがその袋の中に入り込んでいるからだ。

 人からそんな音がするのならば?

 それはもう人では無いからだ!!


「宗近?ごみは捨て場は平気になった?」


「そんなものはハウスキーパーの役目だ」


「そうだね。でもうちに泊まった時はさ、一宿一飯の礼だってうちの母の手伝いをしてくれるんだよね。ねえ、ゴミ捨て場のゴキブリは平気になった?」


 宗近が我が家に居座るのは、彼が一人で自宅に帰りたくは無いからなのだ。

 お金持ちのお坊ちゃまで、高級マンションを親に用意されているといっても、まだ十五歳の彼には人寂しくて堪らないはずなのだ。

 そんな寂しがり屋が、人知れず化け物に殺されていたら可哀想すぎる。


「宗近はどこにいるの?」


 カチカチカチ。

 カチカチカチ。


 タイルの上に小さな針金を打ち付けるような音は、きっとあの甲虫がトイレのタイルの上を歩き回っているからだろう。


「質問に答えている間は生かしてやれたのに、残念だ」


 私は便座の音消しボタンを押すと、しゃがんでいる体勢を変えた。

 片足をついて水道管に足の裏を当てる。

 まるでクラウチングスタートの格好だ。


「死ね」

「アベル!!」


 私は私がまだ生きていると確信できる人の名前を大声で叫んでいた。

 助けを求めてじゃない。


 せめて、危険があると知らせるために。

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