堂上先輩と秘密
堂上が急に落ち込んだ。
私はそれが出血のための貧血、あるいは怪我によるショック症状なのかと思い、彼をまずベッドに横にさせるべきだと考えた。
私は堂上の左腕を両手で抱えて引っ張る。
堂上はそれで椅子から腰を浮かせたが、その後は中腰のまま一歩も動かずに堪えてしまった。
「堂上さん?やっぱり貧血でも?立ち眩み?」
「違う」
「では動いて。ね?ってうわっ」
堂上は勢いよく私の手から自分の左腕を引き剥がす。それからこれは彼の癖なのか、彼は両手で自分の顔を覆って中腰どころかしゃがんでしまった。
「堂上さん?」
「許してくれ!!俺はもうギリギリなんだ!!」
「だったらさっさとベットに行こう!横になろうよ!」
「畜生!分かっててやってんのか!!」
「え?」
「いや。大丈夫だから。とりあえず俺を放っておいてくれ」
堂上は円座のパイプ椅子に座り直すと、その巨大な体を円座の穴に通したいのかと思うぐらいにきゅっと体を丸めた。
両腕で自分の体を抱き、頭は首の骨が消えたみたいにガクッと下げている。
どう見ても落込んだ人の姿だ。
意味が分からない。
意味が分からない思考回路だから、彼は私を女の子だと見抜けたのか?
とにかく、落ち込んでいる人にドーピングをしなければ。
「この学校に自販機ってある?血がいっぱい出たんだ。なにか補給しないと駄目だって。コーラでも買って来るよ」
堂上は顔を上げた。
とても疲れているような顔つきなのに、とっても嬉しそうに笑みを作った。
「君は優しいな。冬弦に聞いていた通りだ」
「あはは」
乾いた笑い声が出た。
そうだ、王子様の事を忘れていた。
そして堂上が王子の右腕であるという事はと考え、今の堂上の状況の理由に思い当たったのである。
狛犬は舳宇が化けた海宇に恋をしたと告白したのだ。
堂上はきっと狛犬から相談を受けているはずだ。
ならば、堂上は実際の海宇という私を知った事で、親友にどう伝えるべきかと悩んでいるに違いない。
伝えた結果を考えたら、私は黙っていたいと震えるばかりだ。
人の気持を思いやれる堂上ならば、親友に真実を伝えるなどできないと悩むことだろう。
君が恋した相手は男の娘だよ、なんて、言えない。
「堂上さん。優しいのはあなただよ。親友の事、そして、私が本物の海宇な事で悩んでくれて嬉しい」
「――俺の気持が君には迷惑でなくって良かったよ」
「迷惑どころか、ありがたいです。私が女の子で海宇な事は狛犬さんには内緒にしていただけますか?私は狛犬さんには、今の自分が兄の方の舳宇だって事にしておきたいんです」
「あいつは怒りそうだけど、ちゃんと受け入れると思うよ。愉快で小気味いい事は大好きだ」
「本当にそう思いますか」
堂上は声を出して答えなかった。
真面目過ぎる顔で真っ直ぐに見つめ、しっかりと頷いて見せたのだ。
その動作と顔つきがドラマでの余命宣告場面を想起させ、私は嘘吐きと呟いて笑っていた。
「嘘など言っていない。俺はあいつのことをよくわかっている。けなげな君をあいつが嫌うはずなど無い」
「だって、死にそうな顔をしてるんだもの。わかってる。すごく怒るなってことは。女装した男に騙された、なんて、絶対に誰だって怒るはずだもの」
「げほ、ぼぉほ!!」
「ちょっと、大丈夫?はい、敗血症とか!!」
「いや、違う。げほ。大丈夫だ。と、とりあえず、どうして入れ替わりなんかしたのかだけ教えてくれるか?庇うにも理由を聞かなきゃ、だろ?」
「本当にいい人だな、堂上先輩は。あなたと話す機会があれば兄も逃げなかったんだと思う。兄はさ、三年の先輩にシメられるかもって脅えてたんだもの」
「そう考えて女の子の君に身代わりだと?」
「怖い声」
「すまん。だが俺は君を危険な目に遭わす奴は許せない」
「そうはならないよ。いざとなったら、女の子で兄の振りしてましたって誤魔化して逃げるつもりだったからね。球技大会という無礼講な日の今日だからできる悪戯、でしょ」
「そうだな」
「そう。だから引き受けたけどさ。狛犬さんが兄に絡んで来た本当の理由を知ってたら、入れ替わりなんかしなかった。あなたもこの事を考えて悩んじゃったのでしょう?本物の海宇がこれだってわかったら、狛犬さんが傷つくだろうなって、すごく想像できるもの。楚々とした女の子?そんな子いないわよ?」
「うゎははははは!!」
「ちょ、大声。笑い過ぎ」
「あはは。いや。悪い。俺はあいつの親友だが悪友よりかもな」
「だから?」
「君の悪戯は俺達の内緒にしよう」
ありがとうと答えるところなのに、私は息を飲んでいた。
堂上は私に約束だという風に右手を差し出し、その上笑顔を向けている。
たったそれだけの普通の振る舞いなのに、なぜか彼の周りに金粉が舞っているようなそんな神々しさまで感じるのだ。
春桃や学校の子達が騒ぐ、イケメンの笑顔の破壊力が凄いってこういう事か。
「海宇?悪巧み仲間としてよろしく、なんだけど?」
私は気安く呼び捨てにしたことを嗜める目線を堂上に投げた後、彼が差し出している右手を握り返した。
「よろしく。堂上先輩」
私はすぐに堂上から手を引いた。
私の返しで堂上が思いっきり不貞腐れた顔をしたからだ。
その顔に吹き出しそうな自分の口元を抑える手が必要だ。
「意地悪だな。わかってて堂上先輩か」
「あはは。奢ってくれたら考えますよ」
「よし、学食に行こう。それで、コーラぐらい君に奢らせてくれ。ミウ」
「先輩、それは安すぎですよ」
「いいよ。これが終わったら、最高のイタリアンを奢りましょう」
「これが終わったらなんて、フラグ立ちますって」
「フラグ立ちたいね」




