堂上先輩は交通事故に遭った鹿かも
堂上は私を最初から女の子だと見抜いていた。
すごい。
私は物心ついた時から男の子扱いであったのだ。
もちろん私の性格もあるだろう。
負けず嫌いなせいで、揶揄われるとそのまま喧嘩に突入だ。
すると私に負けた男子は報復として、本が大好きな大人しい舳宇を虐め、私がまたそいつらに報復する、という悪循環ともなっていた。
だから宗近という親友が出来て学校生活が楽しいと言う兄の様子は私にはただただ嬉しく、今日の兄の頼みを突っぱることなどできなかったのであろう。
さて、一般的には無理難題となる兄の頼みが可能だったのは、身長が百六十センチちょっとの私達が不思議な事に一卵性の同性の双子以上にそっくりだという事実によるものである。
兄は小柄なために線が細く、逆に私は女の子としては大きくてゴツイからか、実は同じ服着て二人並んでも兄こそ妹に見られる事がしばしばなのだ。
そして実際に誰にも見破られなかったのに、それが、最初から、堂上だけには私が女の子にしか見えなかったというのか?
私は侮辱と取るよりも、好奇心で一杯だった。
どうしてひと目で私が女の子だと思ったの?と。
ところが当の堂上は、私が喜んだ途端に、失敗したという風に顔を赤くして押し黙ってしまったのである。
「先輩?」
「――俺が言った事は全部忘れてカーテンの奥に帰ってくれ」
「はい?忘れて?いや、聞きたいですよ?私を女の子と一目で見破ったのはあなたが最初の人なんです。私を女の子にした最初の人なんだから教えて下さい」
「俺を追い詰めるのはやめてくれ!」
巨漢が両手で顔を覆って身を屈めるとは。
物凄く格好悪い。
私は思わず堂上の膝裏を蹴っていた。
ガタン!!
「うっそ、この程度で倒れるなんて!!本当は怪我が酷いんでしょう。さあ、椅子に座って。背中の傷とかちゃんと私に見せてください!!」
大きな男はのそのそと素直に動き、まるで叱られる子供みたいにして私に背中を向けて、彼の体には小さすぎる円座のパイプ椅子に腰かけた。
「――好きにしてくれ」
「最初からそう言っていればいいものを」
「無垢な人に汚い男の体なんか触らせられないだろ」
「自分を守って怪我した人の体でしょ。怪我の具合を見たいのは当たり前じゃ無いですか。では、この不格好な包帯を一度剥ぎ取りますよ。こんな巻き方、一からやり直しです」
「ハハハ。君は本気で女の子だよ。母以上にガミガミだ」
「ははは」
私は堂上の軽口に笑っていたが、治りかけになっていても右肩の傷跡がかなりひどい事にぞっとしていた。
絶対に早めに医者に診せなきゃいけない傷跡だ。
「脇腹も右肩と同じ感じですか?」
「――気にするな」
私が指を突っ込んだせいで、きっともっと酷い状態なのかもしれない。
しかし腹の傷はちゃんとテープでガーゼが貼られているから、敢えて剥ぎ取って中を見るなんてできないだろう。
私はとりあえず肩傷に消毒を施し、新しいガーゼを、ガーゼを。
「何を探している?」
「ガーゼよりも傷パットの方が良いかなって。男の子の学校なんだから膝当てぐらいの大きさの傷パットぐらいあるでしょ?」
「あ、ああ」
保険委の机の引き出しには入っていなかった。
私は棚を探そうと一歩踏み出したが、右手首を堂上に掴まれて止められた。
彼はなぜか頬を赤らめた顔で、必要ない、と言った。
「必要無いって、あの」
「俺はかぶれやすいんだ。ガーゼと包帯で頼む」
「あれ?腹はテープ?」
「傷パッドは嫌いなんだ」
「そか」
私は彼の後ろに戻り、そして作業の続きを始めた。
大きな体は確かに包帯が巻きにくい。
包帯がずれない様に左手を彼の背中に当てて包帯を押さえ、胸元の方に帯頭を持っていくときには殆ど堂上の背中に抱きついているような感じだ。
もちろん堂上の体の前面に行った帯頭は堂上が左手で受け取って自分の左側へと引っ張る、というバトン交換みたいな協力だって必要だった。
だからようやく巻き終わった時には、私達は少しだけ共同作業を遂行した同士のような感慨に浸っていた。
私だけでなく、たぶん。
「ありがとう。肩関節を上方麦穂帯で巻ける女子高生は初めてだよ」
「うちの学校に来たら驚くよ。出来る子がうじゃうじゃ」
「そうか。ハナモリヤ女子学園は看護科もあるものな」
もと女学院というお嬢様学校だからこそか、看護科と家政科、そして進学のための特進普通科という組み合わせになっており、私は特進普通科の方である。
「詳しいね」
「ああ、冬弦が。……そうか、君はそれで兄の振りをして忍び込んだのだな。そうか。いや、俺は君にも、冬弦にも、もう何も言わないから安心してくれ」
この状況で余計な事を言わないでくれるらしいのはありがたいが、円座のパイプ椅子には巨体過ぎる人だったのに、今やぴったりサイズに見えるのはどういうことか。
急にどうしてこんなに落ち込んだ風になってしまったのか。
王子を守らねばならない右腕が、出会ったばかりの人間にこんなにも無防備に後頭部を見せていいのか?
はっ!!
これはもしかして、死んじゃう鹿さん?
事故った時にはぴんぴんしてたのに、数時間後に突然死する、あれ?
慌てた私は堂上の左腕を取ると、大きく引っ張った。
「大丈夫?本当は具合が悪いんでしょ?少しは横になろうか。ほら、ベッドに行こう、ベッドに」
「大丈夫、大丈夫だ。頼むからこれ以上俺を追い詰めないでくれ!!」
追い詰める?
堂上は本気で意味が分からない人だ。




