事件は唐突に
ドンドンッ
力いっぱいに叩く扉の音で、ベッドで眠っていた美しい金髪の少女は目を覚ました。
「ラムお嬢様、お逃げください…!」
扉の前で響く切羽詰まった初老の声。
ドタドタと絨毯が敷かれた廊下に響く慌ただしい足音。
騒がしい喧騒。
かすかに剣と剣の擦れる打ち合いの音。
ーーラムはこの様子から事態をなんとなく察するーー
(……逃げるより、このまま寝たふりをしていた方が得策か。屋敷に被害がでない魔法はーー)
バンッ
大きな音と共に開け放たれる扉。
入ってきたのはナイフを構えた黒ずくめのシーフ二人と、黒いローブに身を包んだ杖を持った魔法使い二人。
「なんだ、寝ているのか」
「今のうちにーー」
魔法使いが詠唱に入る前。
「凍てつく氷の嵐、凍える口吻を。《氷の精霊》(アイスストーム)
穏やかな陽風、空へ花を舞い上がらせて。《風の精霊》(ウォームウインド)」
目を閉じたまま、早口で2つの魔法詠唱を終える。
ラムの身体は浮き、下にいるシーフと魔法使い達は突如として現れた氷の嵐に巻き込まれ、体が凍っていく。
「頑丈なる盾、我等を守れ。《光の精霊》(シールドライト)」
片方の魔法使いがかろうじて防御魔法を唱え終えたがーー
その魔法使いは相手をみくびりすぎていた。
眼の前にいるのは、ただの魔法使いではない。本来は効果があるはずの防御魔法は、力の差で一瞬でくだけ、体が凍った。
そして、3人の氷山が出来上がる。
「、、寒い」
自分の身体が冷えないように、暖かい風に護らせているが、部屋の壁は全て凍りついていた。しかも、寝間着に着ているワンピース型のネグリジェは薄着で、寒くないわけがない。
素早く、扉の側に近づき自分の《風の精霊》(ウォームウインド)で破壊し、外に出る。
「大丈夫?」
魔法がなくなったことにより、ボルドー色の絨毯に降り立つ。扉の側で倒れている初老の執事長に声をかける。
「……ラムお嬢様。間に合いましたか」
倒れたフリをしていた執事長は、体を起こして、微笑む。
「ええ。助かりました。侵入者の数は?」
「数は数十人規模だと思われます。賊にしては、魔法使いが多く、ここまで侵入者を許してしまいました。申し訳ございません」
ちらりと階段の下をみる。
兵士達の姿はみえない。
(まだ、廊下で激しい剣の打ち合いの音がする。戦闘は終わる気配がない)
「ギースお兄様とダースお兄様、アルマは無事?」
「ギース様は既に一階に加勢をしております。侯爵様は、お嬢様に知らせるよう私を送りましたので無事です。アルマ様にはメイド長が向かっております」
「ありがとう。アルマと合流しながら、掃討します。レオンはダースお兄様に知らせてくれる?敵は、、穏やかな陽風、空へ花を舞い上がらせて。《風の精霊》(ウォームウインド)」
ラムは自分が行かない方向へ大きな竜巻が通路に向けて放つ。
家具は傷つけず、人がいた場合のみ切り裂くように調整した凄まじい竜巻がごうごうと音をたてながら、通り抜けていく。
「これでほぼ、そちら敵はいないと思う。お願い」
「かしこまりました。ラムお嬢様、くれぐれもお気をつけて」
二人は左右に別れて進む。