青華(せいが)ビル事件①
「っふぅ。今日も残業残業。って!毎日残業しても稼ぎは少ない…。こんな会社辞めて…それをすると転職も難しいしなぁ…はぁ…やめやめ。帰ろう!」
パソコンの電源を切り、ふと目を壁掛け時計に向けると、時刻は23時を回っていた。
「うおぉぉ!今日も終電ギリギリじゃねか!やべぇ!帰らねぇと」
今まで仕事をしていたデスクを簡単に片付け、飛び出そうとするが、コツンコツンと一定の間隔で音が聞こえてくる。どうやら出口とは反対の方から音がする。視線を向けると、煌々と明かりのついた部屋が目に入った。
「ん?給湯室の電気がついてる?なぜに?勿体ないなぁ…。誰か居ますかぁ?居ませんかぁ?」
声をかけながら給湯室を覗くが、誰もいない。
「―――?おっと。これか。音の正体は」
一定間隔の音。その正体はどうやら締め損ねた蛇口から滴り落ちる水であったようだ。もったいないなぁ。そう呟きながら蛇口を締め、明かりを消し給湯室をあとにする。
「やっべ!あと10分で電車が来る!急がねぇと!」
カバンを持ち、スーツの上着を肩にかけ、エレベータの下行きボタンを押す。オフィスは、20階建てのビルの丁度真ん中。10階にある。この時間であれば、どこのオフィスも居ないはず。居るのは、自分と警備員だけ…のはずなのだが、エレベータがこない。待てど暮らせど来ない。電車の時間もある。焦る気持ちもあり、意味がないとは知りつつも、ボタンを連打してしまう。
「なんでだ?いつもだったらすぐ来るってのに…」
時間が迫っている。このような1分間とはなんと長いものか。待ちきれなくなったため、階段に向かおうとしたその時…。
「うわぁぁぁ――――――」
―――
―――――
―――――――
「ご苦労。被害者は?」
「警部!こちらに」
「おう。身元はわかったのか?」
「はい。御影商事営業部所属の逆川栄太。と。彼が胸元から提げていた社員証により判明しております」
「ほう。で死因は」
「それが…目立った外傷はなく…」
「はぁ…これで何件目だ?」
「本件で10件目。このビルだけでみると8件目になります」
「その全てが…」
「外傷のないショック死だと」
「俺ら泣かせだな…ったく…こいつは…頼りたくはないが…」
「警部?」
「あぁ。いや。こんな不可思議な事件に頼れそうな奴に心当たりがあってな…。久々に顔を出してみるわ。それまで、検証を頼むぜ」
「はい!」
――
―――
――――
「ふわぁあ…なんか面白いことはないかねぇ」
おっ!初めましてだな!俺の名前は、一ノ瀬永遠。しがない街の探偵だ。今日も平和すぎて何も依頼はなく暇してる。平和は良いこと何だけどな。このまま行くと…
「おう。邪魔するぜ」
「ん?おぉ!久しぶりだな!美里!」
「おう!相変わらず永遠は変わらねぇな…その薄気味ワリィ目を隠した髪型なんとかなんねぇのか?」
「俺はこれが気に入ってるの。んで?ときの女刑事様がこんな場末の探偵事務所になんの御用ですかねぇ?」
「はぁ…イヤミで返すな」
「先に嫌味を言ってきたのは、美里だろう?」
「っはぁ…。まぁいいか。永遠、最近ニュースは見ているか?」
「…連続死亡事件のことか?」
「おう。それそれ。その件でちとお前の力を借りたくてな」
「んお!?それはつまり、仕事の依頼か?」
「おう。そういうこった。頼めるか?」
「わかった!んで?いくらだ?」
「…予算はすぐには組めないが…いくらがいい?」
「500万かな」
「…またえらく吹っかけてきたな」
「まぁね。今回で10件目だろう?警察は不気味な死亡事件?事故?で士気も下がってる。他にも事件は起こる。だか、次もあるかもしれないと考えると、捜査を打ち切れない。猫の手も借りたい現場。そんな中、不可解事件を解決することを得意とする川淵美里警部を現場に投入。そして、その背後には俺事、探偵一ノ瀬永遠がいる。不思議と俺を探すことはできない。住所も何もかもをネットに公開しているのに。だ。だからこそ、コネクションをもつ美里を投入し、俺の助力を仰いだ。それはつまり、俺に払う報酬は、美里と俺の交渉次第ってことだろう?違うか?」
「おう…そういうことだ。報酬は、何としても勝ち取ってくる。助力を頼めるか?」
「美里の頼みを断ったことがあるか?」
「ないな」
「そういうことだ。さて…現場に俺を案内してくれ」
「おう」
――
―――
――――
「戻ったぞ」
「お疲れ様です。警部。そちらの方は?」
「ああ。こいつは…」
「初めまして。わたくし、一ノ瀬探偵事務所の一ノ瀬永遠と申します。川淵警部からご依頼をいただきまして、本件の捜査にご協力をと思いまして、馳せ参じた次第です。では早速、調べさせていただきますね」
「はぁ…。警部…この怪しい人物…大丈夫なのですか?」
「あぁ。身なりはあれだが、実力は大したものだ。お前たちは、周囲になにかないか引き続き捜査を」
「「はっ!」」
――
―――
――――
んん…。本当に外傷がない。倒れた拍子に頭を打った形跡もない…。やっぱりなにか違う力が働いているのか…?だとすると…。
「美里」
「おう」
「被害者の死亡推定時刻は?」
「23時頃だそうだ」
「その時間でこのビルにいたのは?」
「ふむ…ビル全体でだと、彼を入れて3名」
「残りの2名は?」
「当直の警備員だ。そのうちの1人が、なかなか降りてこない彼を発見し通報。なんでも彼は、残業の常連だったらしく、少し遅くてもまた彼かという感じで、いたらしい」
「2人のアリバイは?」
「警備室で事務仕事だ。室内の防犯カメラでも確認がとれている」
「そうすると、やはり…」
「そういうことか?」
「たぶんな…。まっまた夜にでも来てみるしかないかな」
「…同行しよう」
「無理するなよ?」
「…備えはしてくる」
「へいへい。んじゃ俺はしばらくその辺りをブラブラして来るわ」
「わかった」
はぁ…まっそういうことだよな。