36 ≪楓と紅葉が式場見学に行く話≫
控室の中で楓はスタッフの人と談笑しつつ紅葉が現れるのを待っていた。
普段以上に心臓の音を強く響かせながら、焦る息を必死に飲み込みながら、待っているのは紅葉が初めて着るウェディングドレスの姿。
「女性同士でこういうとをされる方って、どうです? 多いですか?」
「そうですね、年々増えている様な気がします」
「増えたんですかね、私達みたいな人が」
「増えたというよりも、言えるようになったんだと思います。公に」
「……なら、私はこの時代に産まれてのかな」
そんな話をしながら、ウェリングドレスを着た見慣れない自分自身の不格好さに、未だ戸惑っている。
笑われはしないだろうか、変ではないだろうか、綺麗だと可愛いと、そう思ってもらえるだろうか。
「笑われませんかね、この格好」
「可愛らしいと思いますよ」
「恥ずかしんですけど。ドレスなんて……」
「きっと喜んでもらえると思いますよ。大好きな彼女のドレス姿、なんですから」
ドアが二度、軽く叩かれる。
「すみません。徒花楓様のお着換え、終わりましたでしょうか?」
そんな言葉に返事をしたのは楓だった。
「大丈夫です」
と、少し上ずった声でそう言った。
楓は自分自身の赤面を隠すために顔を手で覆う。
そしてゆっくりとドアが開き、普段よりもゆっくりとした穏やかな足取りで最愛の彼女が近づいてくる。
「楓」
恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない、そんな楓に容赦なく降り掛かる声は、聞き慣れた楓に安心と永遠を与えるあの優しい声だった。
「まって、ほんとに恥ずかしい」
「もう、そんなので本番できるんですか?」
「ほんとに心の準備ができてない」
「わたしも同じです。わたしの心臓も張り裂けてしまいそうなほどなんです……」
ゆっくりと、楓の肩に紅葉は手を置く。
「でも、それでもわたしは楓に見てほしいんです。楓だけが見れる、わたしの特別な姿を」
そんな紅葉の言葉に誘われ楓は目を開け、紅葉の声がする方を見上げる。
するとそこに居たのは、普段よりも少し大人っぽく見える紅葉の姿。
真っ黒なドレスを何の違和感もなく着こなしている紅葉がそこに、堂々と立って、黒い手袋をつけ、楓の手を握っている。
「楓のドレス、素敵ですよ」
「紅葉……」
「なんです?」
「あぁ、その……黒、似合うね」
「そうです? 黒のウェディングドレスは見たことがなかったので楓にそう言ってもらえて、嬉しいです……楓も、素敵ですよ」
楓は紅葉と同じ黒のウェディングドレスを着こなす、違う所いえば髪飾りだけ。
紅葉はオレンジ色のモミジを、楓は緑色のカエデの飾りを頭に乗せていた。
「ねぇ、楓さん知ってます?」
紅葉は楓の手を握りながら、楓にの耳にそっと近づいていく。
そして、紅葉の心臓の鼓動や微かな吐息さえも聞こえそうな、その距離で紅葉は囁く。
「黒色のドレスには……」
その吐息が、その鼓動が、紅葉の全てが楓の心臓を早める原因となって。
ますます楓の頬を赤らめる原因になって、でもそれ以上に。
「貴方以外には染まりません。っていう意味があるんですよ?」
そんなセリフを楓の耳元で囁いている紅葉自身が一番顔を赤くして、恥ずかしがっていた。
「ちょっと、紅葉!」
「ふふ、さぁ行きましょう? 次は式場の見学ですよ?」
そう言って紅葉は楓の手を取る、楓は転んでしまわない様に、ドレスを傷つけてしまわないように慎重に立ち上がり、スタッフの方数名に案内されるまま紅葉に手を引かれ歩き始めた。
大きな扉は既に開いており、その向こうには二人が写真で見たままの世界が広がっていた。
左右に広がる木製ベンチ、それには花の飾りがされている。
白い床と、一直線に伸びる赤いカーペット。
窓から差し込む日の光と、正面にある大きな汚れ一つない窓からは輝く青い海が見える。
「不思議ですね。二人で並んでここにいるの」
「同じドレスを着て、同じものを見てるなんて、普通思わないでしょ?」
「誰か大切な人とお付き合いする……なんて、そんな事。わたし、考えてもいませんでした」
「感想は?」
「すごく幸せです……楓は、どうなんです?」
「幸せ……以上に、やっぱり現実味がないなぁって思うよ」
「現実味……ですか?」
「考えれないもん。どうしても」
だけど、幸せだった。
それだけは確かだった。
「ドレス、白にしない? やっぱり」
「似合いますかね、わたし達に白は」
「紅葉は似合うだろうなぁ白、私はどうだろ?」
「わたしに似合う名なら、楓にだって似合いますよ」
幸せを、永遠を、愛を、誓う未来が、二人には想像できる。
昔なら、ほんの数年と数カ月前ならきっと想像する事なんてできなかった未来。
昔なら、無理だ無理だと諦めていた様な、そんな幸福を。
「あの日『またね』をくれたのが『同情』してくれたのが、楓でよかったとつくづく思います」
「え、そんなに?」
「当たり前です……楓だけが、わたしの人生の中で唯一。わたしの事を見ていてくれるんですから」
「それは私も同じだよ……私の人生の中で、私の事愛してくれるのは、紅葉だけ」
楓は紅葉の手を握る、紅葉はあまりにも突然握られたもので少し驚きながらも、普段と変わらない楓の暖かさと、緊張で早くなっている楓の心臓の鼓動に安堵と笑みを浮かべる。
「二人で幸せに、なれるんですね」
「やっぱり現実感ないでしょ? 紅葉も」
「ない……様な気もしてしまいますけど、でもほら。こうして今わたしが握っているのは楓の手です、楓の冷たいです」
「……そうだね、私はちゃんと側にいる」
「はい」
「紅葉も側にいてくれる?」
「もちろんです」
「なら、これが現実でよかった」
二人は式場からそれぞれ、控室へと戻っていく。
楓は担当してくれた人たちに紅葉が喜んでいた事や、式場がとても良かった事などを話しながらドレスを脱ぎ、時々恋しくなる紅葉との日常へ帰っていく。
紅葉は楓がすごく可愛かった事と、そんな可愛らしいドレス姿が後一度しか見られない事が残念だと、そんな話をしながらドレスを脱ぎ、いつも心臓がドキドキして苦しい、楓との日常へ帰っていく。
その日の帰り道、二人は互いのドレスの感想を言い合いながら、結婚式場が想像よりも良い所だったねと、そんな話をしながら夕暮れ空の下を同じ速さで進む。
「そう言えば、この近くに美味しいケーキ屋さんがあるんだって」
そんな事を思いだし、二人は甘いイチゴがたっぷりのったケーキを買って、二人の家に帰っていく。
明日よりも先の未来に必ず来る、結婚式の日を夢見ながら。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152




