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【百合】やがて愛あるBouquetを知る二人。≪時系列整理版≫  作者: 夜乃月 ≪ヨルノツキ≫
≪ chapter7 二人が選んだ人生・エピローグ≫
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35 ≪楓と紅葉の婚姻届けの話≫

 それを書く必要はあるのだろうか、それは二人にとって必要なものだろうか、と聞かれたら二人はきっと深く深く悩んでしまう。

でも、これを書きたいという二人の願いだけは、変わる事のない確かなものだった。


「最初はどれから埋めましょうか」


「無難に日付?」


「それ無難ですか?」


「無難じゃ……ない、かも」


「ふふ、まぁいいです。どこから入れたって誰かに見せる訳でもありませんしね」


暖かいのどかな休日の陽気に誘われて、小さな幸せは二人の元へやってくる。

本来書く必要もない、受理してくれる場所もない婚姻届け、それはなんの意味もない紙切れかもしれないけど、二人にとっては二人が望んだ幸せのある、永遠のある未来に向かう為に必要なものだった。


 テーブルの上には二人が選んだ可愛い花柄の婚姻届けと、些細なコーヒー、それから少し高価なペンが並んでいた。


「はいできた」


「ぱちぱちぱちー次はどうします?」


「んじゃあ……住所とか?」


「焦らしますねぇ……では、それはわたしが」


「うん、お願い」


空白だらけだった婚姻届けの全ての欄が文字で埋まる事はない。

証人や父母の欄はきっといつまでも空白、でもこれは二人の為の婚姻届け。

額縁にいれて、寝室やリビングなどのいつも目に留まる場所に飾るための婚姻届け、気楽でいい。

難しい事なんて何も考えなくていい、ただありふれた幸せのカタチの一つを、真似るだけ。


「できました。わたしたちはここに住んでいます」


「誰に見せる訳でもないのにね」


「もし次に引っ越すことがあれば、思い出にはなります『あー昔はあそこに住んでたんだなぁ』って、そう思えます」


 初婚なのか、同棲はいつからなのか、と無神経にズバズバ聞いてくる婚姻届けはまるで友人の結婚を知ったゆかりの様。

ゆかりも式を挙げるとか、指輪を買っただとか、そんな報告をするたびに毎度毎度興奮気味で楓に質問攻めをする。


「初婚だね」


「もちろんです」


「同棲はいつからですか?」


「拾われた日からです」


「拾われたって、言い方酷くない?」


「実際わたしは拾われましたし」


「んーじゃあ……私が紅葉を見つけた日を記入しようかな」


「それって、ライブのあった日になりません?」


「じゃあ、同情した日?」


「その方がしっくりきます」


そんな細かい名称を決めても、婚姻届けにそれを書く欄はない。

あるのはただ、数字をいれる場所だけだ。


「新しい苗字……だって」


「……ようやく、徒花、とそう書けますね」


「花菱猫って書くときすごい嫌そうだったよね」


「当たり前です、今のわたしは身も心も徒花なんですから」


「それは誇っていいのかな……」


 数は少ないが、同性婚に配慮した婚姻届けもあった。

あったけれど、デザインが二人の好みにあったものを優先した結果、今二人が記述しているのは異性婚用、どちらかが夫でどちらかが妻にならなければならない。

その役割は形式上であっても、誰に言う訳でなくても、二人は決めていた。

紅葉が妻で、楓が夫、一応この形をとっている。

それは紅葉が徒花と名乗る為、それは楓が徒花でいられるようにするため。


「できました、これでわたしは正式に徒花紅葉です」


「芸名から本名? になったね」


「通称名ですけどね」


「いいじゃん、本名だって思ってたら」


「勿論、そのつもりではいますよ」


 徒花紅葉という名前、徒花楓という名前、その二つが紙の上に並ぶ。

昔夢見ていた結婚、昔誰かから聞いた幸せのカタチ、今二人が望む幸せの未来。

それに一つ、また一つ近づくため、二人はペンを走らせる。


「これ全部……かな?」


「わたしたちが書けるところは全部です」


「じゃあ、後はこれを額縁に入れて」


「それから飾る所を決めないとですね」


「の前に、写真撮ろう? せっかくだから指輪も並べてさ」


「いいですね! したいです、それ!」


少し心苦しいが二人は指輪を一度外し、それを婚姻届けの上に並べる。

そして一枚写真を撮る。

誰に見せる訳でもないのは言わずもがな、それは二人の為の写真だった。


「式場もなんとなく決まって、ハネムーン先も決まって、少し昔ですけど指輪も決まって、幸せいっぱいですね。わたし達」


「ほんと考えられないほど降り注いでるね、幸せが」


「それに、もうすぐ結婚式ですしね」


「……なんか、うまく言葉にできないけどさ」


 幸せを幸せと言ってしまう程、安っぽくて薄っぺらいものはないのではないか、ともっと今に相応しい言葉があるんじゃないか、と楓は考えるけれど、しかし今ここにある全てを形容できる言葉が、楓の中には一つとしてない。


「まだ、不安ですか?」


「ごめん」


「あんなにキスしたのに?」


「うん」


「手だってたくさん繋いで」


「うん」


「たくさん同じ景色を見て、同じものを食べて、違う事を言い合ったのに」


「ごめん」


「それでも不安だって……もぅ、楓は欲張りですね」


キャパオーバーきっとそんな言葉が今の楓にはよく似合う。

この数日、連続して降り注ぐ幸せと愛情に、ついに楓は耐えきれず、少し涙が溢れてしまう。


「楓はわたしの前だと時々子供っぽくなりますよね、まぁそこが可愛くて好きなんですけど」


「ばか、まだまだ子供の癖に」


「ふふ、目の前で泣いてる大人に言われても少し困っちゃいますね」


 楓は一度涙を拭き、二人はもう一度ソファーに座る。

そして指輪を付け直すと、キスをする。

涙を忘れるように、この愛と幸せがここにある確かなものだと、二人が再認識するために、そんな理由をつけながらただキスがしたかっただけ、なんて気持ちは心の中。


「完成……です!」


「寝室のベッドの隣……毎晩見れるね」


「ええ、ずっと見ています。おやすみもおはようもずっと一緒です」


 完成した婚姻届けは額縁に入れ、ベッドの側に。


「お昼ご飯……に、しましょうか」


「……だね」


できて、並んでしまえば、まるでそこにずっと前からあった様な、そんなインテリアに婚姻届けもなってしまう。

とは言え、まだまだ主張が激しく、用事があって寝室に行く度目につく事は間違いなしだった。


「お昼ご飯、何にします?」


「んーシェフの気まぐれで、って言いたいけど、昨日作ってたカレーまだ残ってるでしょ。あれにうどん入れてカレーうどんにしよ」


「おぉ、シェフの気まぐれです」


「そんなんじゃないって」


 婚姻届けも書き終わり、二人が次にする愛への道には結婚式という人生で一番大きな、そうでなくても人生を変える様な大きなイベントが、もうそこまで迫っていた。

二人はそれを待ち遠しく思いながら、一日一日を、昔よりも大切に、消費していく。


夜乃月です。

カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。

こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)


【カクヨム版URL↓】

https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152

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