30 ≪楓と紅葉がライブの打ち上げで温泉に行く話≫
初のクリスマスワンマンライブを終え、二人は数日のお休みを地方ののどかな温泉宿で過ごしていた。
そこは度々テレビや雑誌で紹介される有名な温泉宿、という訳ではな、く二人で探し見つけて選んだ、あまり人のいない温泉宿だった。
こういう人の少ない所の方が、二人でゆっくりできるんじゃないかと、そう考えて。
「んーお疲れ……紅葉」
「えぇ、お疲れ様です……楓」
人工物なのか、それとも天然のモノなのか。
温泉のほとんどはごつごつとした岩で囲われており、暗い星空の下、目立った人口の灯りは数少ない。
室内風呂もあるけれど、二人が長くいたのはこの温泉宿の目玉である露天風呂だった。
「よかったね。ワンマンできて」
「あまりも大きな会場ではなかったですけどね」
「それでもワンマンはワンマンだよ」
「たしかにそうですね……というか、早かったですね。ワンマン、もう少し後になると思ってました」
「これも紅葉の人気あっての事だし。次はあれだね、今日以上のもっと大きい会場でライブしたいね」
「ですけど、もっと大きな会場になると楓の顔を見るのが難しくなりますね」
「いいよそれは……私は勝手に紅葉を見てるし」
他に人は誰もいない、と言ってもいい。
とても広く数の多い温泉の数々、たとえ誰かがいたとしてもあまり気になりはしない。
「こうして、楓と温泉に来る事ができたのも、全部全部。ほんとうにわたし、嬉しいです」
「前から来たがってたしね。紅葉」
「一度でいいから楓と一緒に、とは思っていましたが。まさかこんな早くに叶っちゃうなんて思ってもいませんでした」
「すごい所で叶えられてよかったね……部屋もさ、二人が好きな和室だし、特別感? があってさ。しかも広いの、思った以上に」
「そこに今日から四日間……幸せ、ですね」
「だね……」
まるで夢で見る様な幸せに、二人は体を鎮める。
引っ越しから、少しお風呂が狭くなってしまった事もあり、二人で一緒に、ゆっくりと湯船に体をつける機会は減ってしまった。
だからこそ、この時間が幸せだった。
二人で同じ湯船に浸かり、手を繋ぎ、目を瞑る。
自然の音しかなく、時々目を開けて見上げればそこには星空がある。
そんな今が、二人にとってはほんとうに幸せだった。
「楓さん……その」
幸せの中、紅葉はもっと幸せになれる様な、そんな言葉を楓に放つ。
「結婚式の……話なんですけど」
「結婚式がどうかした?」
「その……私なりにも色々調べてみたんですけど。やっぱりたくさんお金が必要みたいで」
「それくらいなんとかするよ?」
「じゃなくて……二人で、一緒にって思ってるんです」
「協力し合ってーみたいな?」
「今でも十分そんな感じですけど……でももっと、というか。その夫婦らしく……と、言いますか」
「夫婦らしく……か」
その言葉に楓は少し顔を赤くする。
婚姻届けを出さなかったとしても、結婚式を挙げれば夫婦になれる。
夫婦の様にはなれる。
そうでなくても、気持ちだけは本当の夫婦の様になれる。
そんな事実に、少し恥ずかしくなってしまう。
二人は突然訪れた恥ずかしさを忘れる為、、二人はそのまま外にあるシャワーで体と頭を洗う。
いつもと違うシャンプーとボディーソープ、いつもと違い二人並んで同じことをする。
「普段のお風呂は一人ずつ、ですもんね」
「あれに二人はしんどいよ。まぁ、こういう広い所に半年とか、年に一回くるのを目標に二人で頑張ろ。なんかそれくらいがちょうどいい気がする」
「一年間お疲れ様でした会はしたいですね。毎年」
二人はまた湯船に浸かる。
今度は星空よりも、遠くの方にある街のネオンがよく見える温泉に二人は浸かる。
「もう、三年。なんですね」
「長いようで短い三年だったね……」
「あと……八十、いや九十年も一緒にいられる時間があるなんて、びっくりです」
「ちょっと何歳まで生きるつもり?」
「その日までずっと楓と一緒が良いです。だから、何歳なんて決めません」
「ほんと私の事好きだよね、紅葉って」
「それは楓もでしょう?」
「そうだけど?」
「ふふ。最近の楓は素直で可愛いです」
「なにそれ、そんなに素直じゃないよ? 私」
「昔よりは素直ですよ」
二人はしばらくの間、見える限りの全てのネオンと、暗い空にか輝く星々を瞳に映す。
普段二人がいる様な街があんなに遠くにあって、それをこんな特別な場所から見て居られる幸せをただ噛みしめる。
当たり前の日常の中じゃ、こんなにゆっくりと穏やかな気持ちで眺めることも見上げる事もできない星々を、見る事ができる幸せをただ噛みしめる。
「楓」
「ん?」
「あがったら、アイスが食べたいです」
「売店で買おっか」
「楓さんは何味のアイスにします?」
「じゃあ、抹茶か普通のやつ」
「二買って、二人で食べます? あーんてしながら」
「するなら部屋でね」
「あっ言いましたね? 言質もらいましたから」
「いいよ、食べさせあいっこくらいしてあげる」
「んー最近の楓さんはあんまり恥ずかしがあらないから面白みが少ないです」
「あはは、ごめんごめん」
「キスしようとしたら逃げるのに」
「……まぁ、そうね」
「あっ、今照れてます?」
「照れてないです。恥ずかしがってもないです」
「ふふ、可愛い」
のぼせてしまう前に、二人は湯船から出る。
簡単に滑っって転んでしまいそうな床を慎重に歩き、一度室内に入り、もう一度体を流したら。
ご当地限定の、とても柔らかいことで有名なソフトクリームがあった事を思いだし、それを目標に二人は脱衣所で紙を乾かし服を着替え、売店の方と歩いて行った。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651547695195




