26 ≪楓が大学で紅葉の事を聞かれる話≫
ある日のお昼、楓はいつものように大学にあるカフェで、いつも通り一人の顔見知りの女性と昼食を食べていた。
それは何気ない日常で、いつも通り、だったのに。
「ねぇ、前から気になってたんだけどさ」
「ん?」
「徒花さんの指にあるそれって……もしかしなくても?」
「え? 指輪だけど」
そんな言葉だけで、このお昼は簡単に普段とは違う空気に変わってしまった。
「そんなあっさりですか……」
「いや、指輪くらいするでしょ」
「そりゃあ、オシャレの一環としてね? することはあっても、流石にその位置は……」
「……?」
テーブルの上に並んだドーナツが二つと、カプチーノ。
楓ではそれを食べながら、指輪を見る。
「結婚指輪とか、そういうのじゃん。その位置って」
「まぁ、そういう約束でもらったものだし」
「え? 徒花さんってほんとに結婚を前提にした、そういうお付き合いをしてる人がいるって事?」
「ほんとにってなに?」
「いや、噂には……なってたから」
赤 の他人の左手薬指に指輪があるか、ないか、なんてそんな事をこれまでの人生で一度も気にした事がない楓にとっては、そんな事が噂になる方が不思議だった。
「で? どうなの? 彼氏は、どんな感じの人?」
「んーアイドル……かな」
「アイドル?」
「一言で言うとね」
「じゃあ、イケメンさん?」
「いやぁ、カッコいいなぁって思うことはあるけど、どちらかと言えば可愛い感じ」
「可愛んだ……犬系? 猫系?」
「猫だろうけど、本人は嫌がるだろうから、言わない」
「猫アレルギーなの? 猫飼えないじゃん」
「猫は飼わないよ。まぁ、猫アレルギーみたいなものもあるし」
「やばい、全然想像つかない」
楓は少し、噂の人物ではあった。
入学時から、孤独というよりも孤高で、どこのサークルに入る事もなく、淡々と授業を受けて、気づいた頃にはどこかに消えている。
けれど、食堂やカフェに決まった時間に行けば、いつも決まった場所に座って、決まったものを食べて、飲んでいる。
そしてまたどこかに消えている。
「私だって、実際付き合ってなかったら想像できないだろうね」
成績も優秀、英語の発音が綺麗な事でも有名。
なによりも、そんな事よりも、楓を目立た差せていたのは、その容姿。
「まぁ、でも嫉妬する奴。多いだろうなぁ……」
楓はとても美人だと噂の人だった。
楓は仕事の関係で、紅葉にメイクをしてくれるヘアメイク数人と仲良くなり、楓自身もメイクを教えてもらえるようになった。
そして毎日少しづつ、紅葉に「綺麗」や「かわいい」と言ってもらえる事をご褒美に頑張っていたら、知らず知らずの間にメイクの技術も上達していた。
「あの美人な徒花楓に婚約者がいる……しかも、もう指輪まで……」
「あはは、別に嫉妬する人なんていないって」
「そうかな……ねぇ、それっていつの話なの?」
「んー二年くらい前のクリスマスに指輪をもらったんだ、観覧車の中で」
「わぁお」
「で、告白して付き合ってもらった」
「え、告白は楓から?」
「うん。したかったから」
「すごいな……普通指輪もらった彼氏がすると思うんだけど」
「彼氏?」
「え?」
男の影は確かにない、確かにないが指輪はある。
そんな楓に近づこうとする男は、残念ながら数人しかいなかった。
「彼女だよ? 私にいるのは」
「彼女なの? 楓にいるのって」
「うん。彼女だよ」
「これまた……すごいね……」
「すごい? すごいかな」
「いや、女の子と付き合うって難易度高くない? 男は女を、女は男を、って遺伝子レベルで刻まれてるのに、それを破って捨てて、好きになる訳でしょ? めちゃめちゃ難易度高いって」
「別に、好きだから付き合う。結婚する、って点でいれば、異性と変わりないけどなぁ」
「やっぱ徒花さんはすごいわ……」
「よく分からないけど、ありがとう?」
カプチーノはだんだんと少なくなっていく。
けれど、お昼の時間はまだあって、もう一杯。そういいたい気分になってしまう。
「けどいいなぁ、私もそういう運命的な彼氏ほしぃー」
「可愛いし、性格もいいし、すぐにできそうだけど」
「だからかな」
「何が?」
「いや、ちょっと前まえで良い感じだった男いたんだけど。あいつ体目的だったわ」
「あぁ、最悪だ」
「でしょーもうほんとありえない。ちゃんと付き合って結婚して、そういう事がしたいの、私は!」
「まぁ、焦るもんじゃないよ。まだまだ人生これからなんだし」
「むーそれを彼女がいる人間に言われると、なんか腹立つ―」
楓は一度席を立ち、カプチーノのおかわりをもらう。
そしてまた、いつもの席に座る。
「てか、女の子同士って付き合った後。何するの?」
「なにするって……普通にショッピングいったり、映画見に行ったり」
「じゃなくて、結婚とか式とかできない訳じゃん? だから、何するのかなぁって」
「式はしてくれるところもあるみたいだけど。結婚は難しい……んーでも、別に結婚だけが恋愛のカタチって訳でもないし? まぁ、相手の子が社会人になってからかな、そういうことは」
「同い年なの?」
「ううん。高校生の子」
「え」
「え?」
「年下だったの? 年下に指輪もらってたの?」
「半年くらい一緒に暮らしてて、気づいた好きになったから。お互いに」
「分かんないけどすごい……あまりにも徒花さんの恋愛人生が壮絶すぎる」
「そうかな? 年下と付き合ってるなんてよくある話だと思うけど」
「いやぁでも、年下の高校生の女の子と付き合って、あげく指輪をもらって、結婚を前提に生活してる大学生の女の子。ってこの国探しても一人いればいいほうだよ」
「別に、そんな特別だとは思わないけど……まぁでも、特別に越したことはないかな」
「やっぱすごいわ徒花さん……いつも想像の斜め上にいる……」
お昼休みが終る五分前、二人は次の授業に向けて動き出す。
「ばいばい」
そう言って、楓はその人と別れた後、なんとなく紅葉に連絡をする。
「私達、特別なんだって」
楓は次の授業がある教室に入っていった。
紅葉からの返信を待つ事もなく、その「特別」という言葉に若干酔いしれながら。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651532893106




