25 ≪紅葉が楓と歌の練習をする話≫
ある日の休日、楓は人生で初めてのカラオケへ紅葉と来ていた。
二人が選んだのはなんの変哲もないシンプルな部屋。
他にも色々な面白そうな部屋があったが、初めてで行くには少し難易度が高すぎた。
部屋に入ると、楓は部屋にあるソファーに座る。
紅葉はマイクを触りながら、タブレットに曲を入れる。
「何か取ってこようか」
「あぁ、すみません。お願いしてもいいですか?」
部屋とセットでドリンクバーもついてくる。
ここで一時間も二時間も過ごすのなら、ドリンクバーがあるにこしたことはない。
「何がいい?」
「んーオレンジジュースで」
「りょーかい」
数分後、テーブルの上にはアイスコーヒーとオレンジジュースが並ぶ。
そして、紅葉の可愛らしい声と共に歌が始まる。
それは紅葉の得意な曲、という訳ではなく、紅葉自身の歌なんてこともない。
それは数年前に流行っていたアイドルの歌、紅葉が歌えば可愛いで溢れかえる、、楓がギリギリ知らないくらいの歌だった。
「おぉー」
と、楓はよく分からないまま拍手をする。
「これ、わたしの事務所の先輩がよく歌っていたんです。自分の曲でもないのに」
「へぇ……ていうか、紅葉の曲ってないの?」
「わたしの曲は、残念ながらカラオケにはありませんね……というか、わたしにとってのファーストアルバムはまだこの世の中にでていませんから」
「あのアルバムは……まぁ、そうだね」
「あれは楓さんだけの特別なアルバムです」
歌の練習がしたいから付き合ってほしい。
そう紅葉に言われた楓は「はい」と返事をするのみで、詳しいことは何も分からないまま連れてこられた。
しかし来てみれば特別難しい事は何もなく、歌うか賑やかすか、ただそれだけをする場所だっった。
二曲目もまた、紅葉の好きなアイドルの曲だった。
本来なら複数人で歌う様なパート別けが複雑にされた曲を、紅葉は一人で歌詞一つ間違えることなく、歌っていた。
「どうです? 可愛く歌えてました?」
「すごくかわいかった」
そんな事を言いながらテーブルの上にあるフライドポテトをケチャップにつけ、楓は食べていた。
「楓さんも何か歌います?」
「私、自分で歌えるほど音楽聞かないから……あぁ、でも合いの手ならできるよ?」
「なら、タンバリンをどうぞ」
「任された」
紅葉に手渡されたタンバリンを軽く叩いて、音を聞く。
すると聞こえてくるのは小学生かもう少し幼い頃に聞いた、あの頃のタンバリンと何も変わらない音だった。
「じゃあ、次は……」
「紅葉って、いつもカラオケで歌の練習してるの?」
「時々……ですけどね。普段はちゃんと先生がついて、詳しく教えてくれますよ」
「そういうのも、私のやる事かな?」
「マネージャーさんの仕事ではないので大丈夫だとは思いますが……でも、こうして時々付き合ってもらえると嬉しいです」
「なんかファンの子達以上に近くで紅葉の歌聞いちゃって申し訳ないね」
「じゃあいっそファンクラブでも作って、そこでカラオケの限定配信でもしますか? 楓さんも出演して」
「私が出ても誰も喜ばないでしょ」
「少なくとも、わたしは嬉しいです」
紅葉が歌い始めた三曲目は先ほどまでの曲とは違い、少し暗い雰囲気の曲。
アイドルの曲か、と言われればそんな事はないが、紅葉が好きな曲か、と聞かれれば迷わず「はい」と答えられる様な、そんな曲だった。
三曲目を歌い終わり、紅葉は楓の隣に座りオレンジジュースを飲みながら、ポテトフライを食べる。
「久しぶりにちゃんと声を出したから、疲れました……」
「お疲れ、紅葉」
「なんだかわたしばかっかりしてるのもあれですし、楓さんも歌いません?」
そんな言葉と共に、楓にタブレットが手渡される。
「て言われてもなぁ、何かあるかな……」
今月のランキング、という欄には今月どんな曲がよく選ばれたのかがのっていた。
さらには今週のランキング、とさらに細かく分かれている欄もある。
「あっ、この曲知ってる」
「どれですか?」
「これ」
楓はそんなランキングを無視し、自分の家庭がまだ平和で、テレビを見る事もあった年代からその時流行っていた曲を調べる。
そして見つけた曲の中に数曲だけ、知っている曲があった。
「学校で流行ってたんだよ。これ」
「わぁ、わたしが全然知らないやつです」
「世代じゃないよねぇ、この辺りは……」
なんて昔話に浸りながら、楓は一の曲を選ぶ。
「マイク貸して」
「はい」
「ありがと」
楓は立ち上がり、画面に向かう。
歌詞も覚えていなければ、テンポも、どこかサビなのかも覚えてないない曲を歌いだす。
楓さんの歌声は、細く、しかししっかりと強さのある涼しい声でした。
まるで夕立の様に気まぐれで、歌詞の分からない部分では笑って誤魔化して。
そんな姿が、とても可愛らしかったです。
「すごくよかったですよ! 楓さん!」
「えぇ、そう? 半分以上歌詞とんでたけど」
「それでもよかったんですって!」
「まぁ、ありがとう? それより、なんか別のもの頼んでいい? ポテトなくなっちゃった」
「あぁ、ほんとですね。じゃあ、楓さんが選んでいる間に次は私が……」
「紅葉はよくレパートリーがあるよねぇ。私だったら絶対無理」
「色々なジャンルの曲を、いつでも歌えるのはアイドルの基本! ですからね」
その日二人は、体力がなくなるまで、歌える曲がなくなるまでその小さな部屋の中に籠り、マイクを握り、歌を歌い続けた。
そんな紅葉の姿は、楓の目の前で、楓の為の、楓だけのアイドルをしてるようにも見えが、楓はそんな事に気づく事のないまま、人生で初めてのカラオケを、紅葉とのカラオケを名一杯楽しんでいた。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651510104671




