24 ≪楓と紅葉が同じベッドで寝る話≫
買ったばかりのカーテンを少し開け、月明りを誘う。
まだ二人の匂いではなく、木の匂いしかしない寂しいベッドでは、二人が並んで目を瞑っていた。
「簡単には眠れませんね」
心臓の音がどうしても早く、止まる事を知らず、ただわたしの隣でわたしの事を見て、手を握ってくれる楓の事を、この瞳は映し続け、その事をこの心臓は強く強く覚えている。
「静かな夜。ですね」
「思ったよりも、ね」
「ですね……でも、時々聞こえてくる電車の音が良い子守歌です」
紅葉は何の抵抗も、何の不安もなく、楓の布団に入り楓に抱きつき、楓に頭を撫でてもらう。
苦しくなるくらい、大好きをもらう。
「楓さん」
「ん?」
「今日はもう少し、起きていたいです」
「いいよ。付き合う」
「楓さんは……起きていたくないですか?」
「……ううん、私ももう少し一緒に居たい」
夜がこんなに静かで、安心できて落ち着けるものだったろうかと楓は思う。
夜なんて、怖いと死にたいと、殺したいにまみれた、汚らしいものだったような、でもそんな感情はもう今の楓にはないようで。
「紅葉……私、紅葉の事。好きだからね」
「はい……」
「でも、こんな風にできるのは今日くらいだからね」
「嫌です。毎日したいです」
「紅葉も仕事があるし、私だってそうだし……だから、頑張ったご褒美に」
そう言うと、楓は紅葉のおでこに軽くキスをする。
「キス、してあげる。時々ね?」
「されるのは弱い癖に、すぐする」
「ごめんごめん」
「絶対悪いって思ってない……」
このドキドキが伝わらない様に、このドキドキが知られない様に、隠さないと。
だって、恥ずかしいもん……やっぱり、こんなの。
「わたし、楓さんの事が大好きですから」
「うん。大丈夫だよ、伝わってる」
「え」
「だって、凄いドキドキしてるでしょ? 紅葉」
「しっ、してませんよ……ドキドキなんて……」
「隠さないでよ。可愛いのに」
「可愛いって……またすぐにそういう事言うんですから」
「ダメだった?」
「他の女の子に言うならダメですけど……わたしだけの特別な可愛いなら、嬉しいです」
「他の子になんていわないよ。私には紅葉しかいないし、紅葉しかみてない」
「なら……いいんですけど」
大好きを、今だけでもいいから独り占めしていたい。
大好きが、永遠に続きます様にと、ただただそう願う。
「眠たくなってきた?」
「えぇ、少しだけ……」
紅葉は小さなあくびを隠す。
だけど言葉に出たのは素直な感情。
「じゃあ、寝ようか……明日もあるしね」
「いえもう少しだけ……」
紅葉は楓の服の袖をぎっと握り、先ほどまでよりも強く抱き着いた。
「甘えん坊だなぁ、昔はもっとしっかりしてたのに」
「今だってしっかりしてます……でも、楓さんの前で意地を張ったりする必要なんてないですから……」
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
何も明日は休日じゃない。
二人にはしなきゃいけない仕事があって、迎えなければいけない朝がある。
なのにそれがどうでもよくなるくらい。
「可愛い……」
「何がですか……」
「んー? なんだろうね……」
「意地悪です……」
何でもない様な、いつか忘れてしまう様な、そんな些細な言葉だけで紡がれる。
そんな今がどうしても幸せだった。
この夜が、幸せでしかなかった。
「明日の朝ごはん、どうしよっか」
「わたしが作りますよ……スクランブルエッグと卵焼きと……それからオムライス……」
「卵ばっかじゃん。ふふ」
だんだんと紅葉の言葉に力がなくなっていく。
楓の服の袖を握る力すら、徐々に弱まっていく。
「もう眠たいでしょ?」
何度か楓が頭を撫でた後、そう紅葉に問いかけても返事はない。
代わりに小さな寝息が返ってくるだけ。
「懐かしいな……この感じ」
楓は一人、自分勝手に昔の事を思いだす。
姉と一緒に布団で寝ていた平和な頃を、そこに兄もいて、三人で一緒に寝ていたまだ平和だったあの頃を。
もう返ってくることのない平穏な家庭の一幕を、思いだす。
「私も、こんな風にしてもらったっけ……」
よく頭を撫でてくれたのは、姉だった。
小さい頃は「私が絵本を読むの」と、姉がよく私に本を読んでくれた事もあった。
そんな過去ばかりが、遠くなる。
「はぁ……なんで、思いだすかな」
まだ憧れてるの、あの頃に。
紅葉がいてもまだ、足りないの。
「楓さん……」
優しい声で名前を呼ばれる、すぐに楓は紅葉の方を見る。
「大好き……ですよ……」
夢の中でも楓の事を思う、紅葉の方を見る。
「私も……」
あの日々にはない、新しい愛のカタチを。
あの日々によって、忘れてしまっていた誰かに大切にされる事の喜びを。
そんな全てを楓は感じ、思いだし、そしてそれを噛みしめる。
でも、噛みしめたところででてくる言葉は普段と何も変わらない。
「……大好きだよ。紅葉」
楓は静かに目を瞑る。
この静かな夜と、新しく買った新鮮な匂いのするベッド、そして楓を抱きしめる紅葉の体に自然と溶け合っていく。
そして気づいた頃にはもう、楓は紅葉と同じ夢の中だった。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651493228959




