21 ≪楓が紅葉の誕生日を祝う話≫
この家からの引っ越し、そして二人での新しい生活。
そんな事を視野に入れ始めた頃の話。
「紅葉、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。楓さん」
徒花紅葉、もとい花菱猫の誕生日がやってきた。
花菱猫として誕生日は祝わず、徒花紅葉としての誕生日を考え作り、それを祝おうかと楓は考えてはいたが、結局それが実行される事はなかった。
それは一度でいいから「花菱猫」として誕生日を大好きな人と過ごしてみたい。という紅葉の願いあっての事だった。
「今日はちょっと張り切ったけど……でも、失敗してたらごめんね?」
「いえ、わたしは楓さんに誕生日をお祝いしていただける。ただそれけで十分幸せなんですから」
テーブルの上に並べられたのは、キノコやベーコン、ほうれん草などがのった和風パスタとフライドポテト、シンプルなサラダ。
誕生日感のある特別な料理とはなんだろ、と考えても楓が誕生日を誰かに祝ってもらった記憶がほとんどないせいで、何もできない。
代わりに、この辺りで一番おいしいと噂のケーキ屋さんでケーキを買ってきている。
「んっ、美味しいです」
「そう?」
「ええ、とても……」
「よかった。あんまり自信なかったから」
「やっぱり楓さんも料理できますよ。もっと自信もってください」
「でも、紅葉には負けるなぁ。やっぱり」
そう言うと、楓は一度立ち上が冷蔵庫を開ける。
そして、少し大きなお皿をテーブルの上に置いて、紅葉の隣に座る。
「これ、作ってみたんだけどさ」
テーブルの上に並んだのは楓手作りの卵焼きが数個綺麗に並んだお皿。
「紅葉が一番得意って言ってた料理だから、私も得意になりたいなぁって思って」
「お互いの卵焼きの交換会。みたいな事がしたかったわけですね?」
「どちらかというと、紅葉が作った五つの卵焼きの中に私が作ったのを一つ混ぜて、ロシアンルーレットがしたかったんだけど」
「そんな誰も幸せにならない事しないでくださいよ、普通に食べましょう?」
「ふふ。まぁ、その方がいっか」
紅葉はそっと、その卵焼きを口の中へ入れる。
すると紅葉の口の中に伝わるのは、確かに紅葉の大好きな甘い卵焼きとは少し違ったけれど、それでもこれが楓の作ったもので、これ楓の味なんだと、そう分かるだけで。
「美味しい……です!」
紅葉はそう、胸を張って、自信を持って、楓に伝えられる。
「そう? 大げさじゃない?」
「そんな訳ないじゃないですか! ほら、楓さんも自分で食べてみてくださいよ! すぐに分かりますから!」
「なんでムキになってんの」
「いいから、ほら!」
そう言ってあと半分と少しになった卵焼きをお箸で掴んで紅葉は楓の口元に持っていく。
「ほら」
「ん」
「あーんって、しますから」
一向に口を開けようとせず、紅葉のしたいことを理解していない楓にモミがそう言うと。
「はっ、はい」
簡単に楓は口を開けてくれた。
「あーん」
「あーん?」
楓はその卵焼きをそっと優しく口の中に入れてもらう。
「美味しいでしょう? 美味しいですよね! 美味しいって言ってください。ね? ね!」
まだ楓が食べ終わっていないのに、焦って紅葉はそんな事を言う。
楓はそれに答える為にすぐに卵焼きを飲み込んだ。
「ん……なんでそんな紅葉が自信満々だったり不安がったりするの」
「楓さんがあまりにも自信がなさすぎるからです。ちゃんと料理ができているのなら、それは認めてお祝いするべきです」
「そこまで紅葉に言わせるって、自信ついちゃうよ。ほんとうに」
「それでいいんです」
紅葉は卵焼きを食べながら、楓が作ってくれたパスタなどを嬉しそうに笑顔で食べる。
楓はそんな紅葉の様子を見ながら、自分自身の作ったものを食べる。
「今度は何作ろうかなー」
「何、作ってもらいましょうか。楓さんに」
「んーお味噌汁なら毎日でも作れるけど、あぁそれに卵焼きもつけて」
「楓さん、私に毎日お味噌汁を作ってくれるんですか?」
「えっ? あーうん、それくらいなら全然するよ?
「そうですかそうですか……毎日お味噌汁を……」
「なんで顔赤くしてんの」
「いえ……なんでもないですよ?」
晩御飯を食べ終わって少し、お風呂も終わった頃。
テーブルの上に並んだのは、本日の第二の主役。
ホールの誕生日ケーキだった。
ホールの誕生日ケーキが食べたい、というのは紅葉からの希望で、味は少し苦いビターチョコレート。
ケーキのトッピングは目がくらみそうなほどたくさんのイチゴ。
「どうする? ロウソク差して、ふーってする?」
「したいです、ふーって」
流石に十数本のロウソクをケーキに差すことはできず、代わりに数字のカタチになったロウソクをそのケーキに差す。
部屋の灯りを消し、その部屋に残るのは月明りとネオン。
そして、ケーキの上で眩く光り、二人を祝福するロウソクのあかりだけだった。
「いきますよ? ふーってしますよ?」
「待ってね、動画とってあげる」
楓はスマートフォンを取りだすと、紅葉がロウソクを消すその瞬間をしっかりと動画で納める。
「じゃあ、行きますよ?」
そう言って、深く息を吸うと。
紅葉は、あまり強くない、どちらかと言えば弱い息でそのロウソクに息を吹きかける。
その息でロウソクの火はゆっくりと消えはじめ、部屋は真っ暗になる。
「お誕生日おめでとう。紅葉」
「ありがとうございます。楓さん」
明るくなった部屋、切られたケーキの一部が楓と紅葉のお皿の上に乗せられ、いちごは転がってお皿の上で寝てしまっている。
「はい、これ誕生日プレゼント」
そう言って、楓は小さな箱を紅葉に手渡した。
「中を、今見ても?」
「大丈夫だよ」
リボンで飾り付けをされていた箱を紅葉が開けると、中から出てきたのはベルト部分が茶色の革でできた、文字盤の部分に紅葉の葉が舞っている美しい腕時計だった。
「これ……」
「指輪は二人で選びたいって話してたから。だから時計」
「ありがとうございます……すごく嬉しいです」
紅葉は早速その時計を腕につけ、楓に見せる。
「どうです?」
なんて事を言って笑いながら、楓に見せる。
「うん。やっぱり似合ってる、可愛い」
「ありがとうございます。楓さん! 今年の誕生日が今までの人生で一番の誕生日です!」
「よかった、紅葉にそう言ってもらえて」
「ほんとうにもう……とっても幸せで……ありがとうございます! 楓さん!」
そんな風に言って紅葉は笑う。
それは紛れもない真実で、紅葉にとってこの誕生日が何よりうれしい誕生日で、紅葉にとってその腕時計が、人生で一番うれしい、人生で一生大切にしたい人からもらった初めのプレゼントだった。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651503551840




