20 ≪楓が未来に向けて動き始めた話≫
寒い冬の終わりが見え始めた頃、楓の所に一通の書類が届く。
それは、大学合格を知らせるものだった。
「ほんとですか!」
そのことを楓はすぐに電話で紅葉に知らせる
「ほんとほんと。大学合格したって」
「よかったです……それで、どんな学校になったんですか?」
「ん? 普通の大学だよ。結局文系の学科になった」
「普通の?」
「まぁ可もなく不可もなくって感じの。別に大学でやりたいことがある訳でもなかったしさ」
「そうなんですね……でも、大変ですよね。わたしのマネージャーをしながら大学生なんて」
「大変かもだけど、幸せな大変だから私は構わないよ」
「だと、いんですけど……」
紅葉のマネージャーなる、その件は正式に楓ともう一人の女性が採用された。
紅葉の母親は楓ではなくもう一人の女性を信用し、一応この件に関しては解決した……はずだ。
「紅葉は? 紅葉の高校はどうなったの?」
「まだ結果が来ていなくて、でももうすぐ結果は出ると思います。そうしたらまた、そちらに行きますね」
「分かった。美味しいケーキ用意して待ってるね」
紅葉との電話が終わった後、楓はコーヒーを淹れなおし、一息ついてからゆかりに電話を掛ける。
「ゆかりー久しぶりー」
ゆかりにとって、楓にとっても、その懐かしい声を聞くのは本当に久しぶりの事だった。
「楓! どうしたの? こんな急に」
「大学と就職先が決まったから、報告しとこうと思って」
「あぁ、そうなんだ。おめでとう」
「ありがと。ゆかりは? 大学どうなったの?」
「私はね……なんと第一志望の大学に落ちました!」」
「え? それ大丈夫なの!?」
「大丈夫、落ちたのは母親の第一志望だから、私の第一志望には無事合格してるし」
「はぁ、それならよかった……」
二人は他愛のない世間話を繰り返す。
一時間、二時間、互いの声を聞き合って過ごしていた。
時々懐かしい思い出に浸りながら、そんな些細な会話でゆかりは安堵する。
今の紅葉は幸せに過ごせているんだ、とそう感じる事が出来て。
「ねぇ、楓は今楽しい?」
「まぁ、結構楽しいよ」
そう、それならよかったと、ゆかりはまた安堵する。
■
平日の昼、楓は慣れない街の、慣れないカフェに入る。
そして席を案内しようとしてくれたウェイトレスにある人の名前を伝えると、その人が座っている席がどこなのかをウェイトレスは教えてくれる。
「あの」
と、楓は席に座る前に声を掛ける。
「私、徒花紅葉さんのマネージャーになりました。徒花紅葉と言います」
そう言って席に座っている女性に紙袋を手渡した。
女性に促されて楓は座る。
そしてまた女性に促され、楓はサンドイッチとイチゴオレを注文した。
「改めまして。えーと、楓ちゃんでいい?」
「はい。楓ちゃんで、大丈夫です」
「んーじゃあまずは何から話そうかな……」
これも仕事、なのだろうか。
「あっそうだ。私の名前、私の名前を教えよう!」
この女性の要望で、私達は喫茶店で会う事になった。
「私、苗木花。よろしくね楓ちゃん」
「よろしくお願いします」
「て言ってもまぁ、今日は楓ちゃんに会いたかっただけなんだけどね」
しかしどうやら、これはお仕事ではない様だ。
「ねぇ、どうだった? 紅葉ちゃんのお母さん。大変じゃなかった?」
「まぁ、少し」
「でしょう? 私が話した時も大変で……だから、そういう事含めてもう一人のマネージャーちゃんとも話がしたくって」
テーブルの上にはサンドイッチとイチゴオレ、それに加え苗木花が注文していたホットコーヒーのおかわりが並ぶ。
「ねぇ、紅葉ちゃんにも聞いたんだけどさ」
「はい。なんですか?」
「付き合ってるってほんとなの? 貴方達」
「んっ……」
そんな言葉に思わず楓は咽てしまう。
「なんで……それを?」
「いや、紅葉ちゃんにお願いされたのよ。付き合ってることは公開する方向で、って。その相手が誰なのかって聞いたら、貴方だって言うから」
「あぁ……紅葉がそんなことを……」
「で、実際どうなの? 付き合ってるの?」
「それは……その……」
まるで色恋に興味を持ち始めてた女子中学生が、同級生の恋路を知ってしまった時の様に興奮して、目を輝かせて、そんな風にして苗木花は紅葉に訊く。
「て、よく見たらその左手の指輪……」
「え? あぁ、これは」
「もしかしてもらったの? 紅葉に?」
「まぁ……はい。もらいました」
「てことは告白はあの子から?」
「いえ、それは私から」
「ん? ちょっと複雑になってきたわね」
「いえ、単純明快ですよ。紅葉は私に指輪をくれる、私が覚悟を決めて告白する。返事をもらった、ただそれだけの話です」
「へぇ……最近の中学生と高校生はそんなに進んでるのか……私が高校生の時なんて、彼氏のかの字もなかったのに……」
「別に進んではいないと思いますが」
サンドイッチはお皿の上からなくなり、イチゴオレとコーヒーだけがまだグラスやコップの中に残る。
それを飲みながら、ほんとうにするべき話はこれからの仕事についてだった。
「聞いてるとは思うけど。雑用多めになっちゃうかも、細かい予定決め。紅葉ちゃんと会って何かする系は全部楓ちゃんの仕事になるかな。あっ、パソコン使える?」
「持ってはいませんけど、買えばすぐに使えます」
「買えそう?」
「この後すぐに買ってきます」
「分かった……まぁ、仕事の事なんてこんなものなんだよね。手帳買うのとノートパソコン買って、それくらい」
「紅葉さんの事で気を付けないといけない事はありませんか?」
「んーそうだなぁ……付き合ってる事を公表するのはいいけど、ちゃんと話し合ってお互いが納得できる形にしてね。あと、住んでる場所は特定されない様に」
「はい。分かりました」
コーヒーもイチゴオレもなくなり、もうすぐ一時間を過ぎようとしていた頃。
今日は解散となった。
楓が初めての仕事である事、大学に通いながら仕事をすることなどで不安な事や分からない事があれば連絡をしていいと苗木花は言ってくれた。
連絡先を交換すると「これからもよろしくお願いします」と楓はそう言って、店の外で彼女に頭を下げ、彼女の姿が見えなくなると楓はすぐに近くにある家電量販店に向かっていった。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651448925380




