19 ≪楓が知らない紅葉を見る話≫
二階席から一階席の最前列まで、全ての座席が人、人、人、で埋め尽くされていた。
楓の為に用意されていたのは、比較的前の方にある関係者席の一つ、隣に座っていたのは一度事務所で顔を合わせたことのある女性だった。
楓の母親は、二十席ほどが一列に並んだ席の一番端、対して楓は中央辺りに座っていた。
座席に座ってから十五分ほどすると、少し明るかった劇場内に開演を知らせるブザーが鳴り響き、タバコを吸ってはいけない、動画を撮ってはいけない、飲食をいてはいけない、などの定番のアナウンスが一通り放送され、だんだんと劇場内が暗くなり始める。
まだついている灯りは、緊急誘導灯くらいなものだった。
静かに、舞台の幕が上がる。
それはとある魔女の話。
ある国のお姫様が魔女だった、という事が民に知れ迫害を受け、流れ着いた先にある村。
そこで、物語は始まる。
心優しい魔女は色々な魔法を使って、飢えに苦しむ子供たちにお菓子をあげたり、仕事の事で困っている人にもっと画期的で便利なやり方を教えたり。
年老いて、今にも死んでしまいそうな、そんな人たちの病気を治療したりしていた。
そんな魔女の住む村の事はたちまち噂になり、王の命でやってきた討伐隊に村は囲まれる。
しかし村人たちは魔女を殺させない、とそう立ち上がった。
その時だった。
眩いスポットライトを浴びながら、質素な鼠色のドレスを着て兵士に剣先を突き付けられる一人の女の子が舞台上に登場した。
その子は物語の中では魔女の娘として、言葉を発し、振舞っていたが、舞台の上に立つ少女の姿は、初めのうちは楓の中では愛すべき紅葉のままだった。
「お母様、わたしはどうなってもいいの……だからどうか、どうか、お母様だけは……」
堂々と言葉を発する少女。
まるでそこにいるのは紅葉ではない誰かの様。
楓の知らない、誰かの様。
「ダメよそんなの……どうにか……私の娘は……」
王は村に住む者達は魔女に洗脳され、もうどうしようもないとそう決めつけた。
そして遂に村人と魔女の殲滅が命じられる。
その様子を兵士に剣を向けられながら少女は丘の上で眺めていた。
「いやぁ……こんなの……おかしいわ……間違っているわよ、こんなの!」
村が燃え、悲鳴が聞こえる。
人々は残忍に残虐に殺される、その様子を見ていた少女は、怒りで自分を奮い立たせ、隣にいた兵士の剣を手で握り、赤い血を手から流しながら、その剣を力づくで奪い取る。
そして、剣を奪い取った勢いのまま隣にいた兵士二人を殺してしまう。
「こんな王国は……あんな王様は間違っているわ!」
魔女は貴重な薬の材料となる。
その言い伝えを信じた王は魔女を生け捕りにし、塔の中に魔女を監禁してしまった。
少女は兵士の所から逃げる途中、様々な村に行き事情を説明し、戦える戦士を、兵士を、できる限り集める。
ほんとうに、舞台の上にいるのは紅葉ではないみたいだった。
いつも通りの可愛らしい顔なんてどこにもなく、凛々しく勇ましい一人の少女がそこにいた。
それはある意味正しいことで、紅葉がそれだけ与えられた役を演じているという事だから、正しいことではある。
だけど楓は少し、いつもの紅葉が恋しかった。
少女達は王が行っているパレードの列を襲う。
なんとか馬車を奪ったものの、少女は足や腕に酷い怪我を負ってしまった。
王が少女の元へやってくる。
少女の周りにいる者たちが少女を守ろうとするが、王はとても強かった。
簡単には倒せそうにない王に少女は切りかかり、なんとか腕を切り落とす。
「みたか! これがお前が魔女と言って恐れた者の娘の力だ!」
少女は残った者達と共に馬車に乗り、塔へ行く。
そしてそこに囚われていた母親を助け出し、二人は国外へと逃げて行った。
紅葉は舞台の上で輝いていた。
一人の人間として、一人の役者として、その役目を全うした。
そして最後に拍手をもらう。
劇場にいる全ての人から拍手をもらう。
幕は一度下り、拍手とともにもう一度上がる。
紅葉は母親役の人と手を繋ぎ、深々と頭を下げていた。
舞台が終わり、だんだんと劇場内からお客さんは減っていく。
楓は幕の下りた舞台を眺めながら、そこに紅葉がいたという現実を受け入れられないままでいた。
「私、ほんととんでもない子とお付き合いはじめちゃったんだな……」
小さな独り言を楓が漏らした時、楓のスマートフォンに一件のメッセージが届く。
「今日はありがとうございました。舞台の上からでも楓さんの事が見れて、嬉しかったです」
そんな紅葉の言葉に楓は思ったままの言葉を返す。
「私の彼女って、ほんとすごい子だったんだね」
そんな言葉と。
「今日はありがとう。紅葉、すごくかっこよかった」
そんな素直な言葉を。
「こちらこそありがとうございます……忘れ物ない様にして、帰ってくださいね。あぁ、外は暗いので気を付けてくだいね、怪我とかしない様に」
楓は最後に劇場を立ち去る。
まだ夢の中にいる様な、そんな感覚を抱えながら。
あんなに立派な紅葉のマネージャーをするんだ、という事に覚悟を決める。
「ほんと自慢の彼女だよ、紅葉は」
その言葉は、劇場外の冷たい石造りの道に落ちて風と共に転がっていく。
楓はその道を、歩いて帰る。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651423763377




