15 ≪楓が紅葉の母親に挨拶に行く話≫
正式に紅葉の母親は紅葉のマネージャーではなくなった。
その代わりに楓ともう一人、別の女性が紅葉のマネージャーになる事が決まった。
そのことに憤慨していたのはきっと世界でただ一人、徒花紅葉こと花菱猫の母親だけだった。
「これにサインしなさない」
ある日のレストラン。
主婦の方々が群れをつくって談笑をしているそんな場所で、スーツを着て鋭い目で少女二人を睨む母親と、それに怯える紅葉、やっぱりこうなるかと呆れている楓の、三人の姿がそこにあった。
「契約書よ」
「なんの契約書ですか? 紅葉さんが所属されている事務所との契約なら、有無を言わずに首を縦に振りながらペンを握り書きますが、お母さん。これはなんの契約書ですか?」
「紅葉の事をちゃんと面倒を見る。怪我や病気を絶対にさせない、母親の言う事も聞く用にする、母親が決めた仕事もちゃんとさせる、家の事もさせる、高校は私の言う通りにさせる。そういう契約書よ」
「それ、私がサインする契約書です? ほんとうに?」
「じゃあ、猫? 書いてくれる?」
「嫌です」
机の上に並ぶ紅葉が注文したカルボナーラとアイスカフェオレ。
楓が注文したボンゴレとカモミールティーそれに紅葉の母親が注文したサンドイッチとダージリン。
「お母さん。もう紅葉をそこまで管理する必要なんて」
「その紅葉って言い方やめてくれる? 私がお腹を痛めて、大変な思いをしてまで産んだのは猫なの」
「ですけど……」
「とにかくね、この子の事の面倒をみたいって言うならこれくらいしなさいよ。わたしはしてきましたよ?」
紅葉は沈黙を貫き、カルボナーラを食べる。
楓は母親の一方的な主張に呆れながらも、紅葉の意思が何一つ変わらない事に安堵する。
そんな紅葉のおかげで、楓も態度を崩さずに済む。
「認められないですか? 私の事は」
「ええ、当たり前でしょう」
そんな返答を聞いて、楓は少し笑って息をする。
深く、強く、慎重に、ここにある空気を吸う。
「知ってますか? 紅葉早起きが得意なんです」
「はぁ、だから何よ」
「で、夜はすぐに寝ちゃうんです」
「だからどうしたのよ」
「かと思ったら急に抱き着いてくるんですよ? 楓さーんって。ほんと可愛いですよね」
「ちょっと、楓さん!」
顔を真っ赤にしながら紅葉は楓に触れる。
当たり前の、他愛もない世間話をするかのようにふるまい、カモミールティーを飲む楓を止める。
「あんたそんな事してるの?」
「いや……その……」
「自分からキスだってねだってくるんですから、この子」
「は?」
「恋愛は禁止なんですってね、貴方の娘さん」
「まさかあんた達」
楓は今日一日だけ、仕方なく、嫌々、無理矢理、苦しいのを我慢して、左手薬指に普段からあったアイビーの指輪を外していた。
それは紅葉からのお願い「母親にはまだバレたくない。怒られるのが怖い」そういう紅葉からのお願いだった。
だから楓は守っていた。
でも、いつかご両親への挨拶をしなきゃいけないのなら、もう今でもいいだろうと、楓は何故かそんな馬鹿な事を思いたった。
そして……。
「これ、猫ちゃんにもらったんですよ」
そう言ってカバンから取り出したアイビーの指輪をスッと左手薬指につけると、楓は母親に見せつけるように、その指輪を光らせる。
「お母さん、知りませんか? こんな話。ダメだダメだと言われたことほど人間はしたくなっちゃう……って、そんな話」
唖然と、呆然とし、理想の娘が崩壊した事を母親は瞬時に悟る。
「紅葉は私の彼女です。めちゃめちゃ可愛くてえっちな彼女です」
「なっ! 楓さん! その言い方には語弊があります!」
「ないですー自分からキスねだってくるのは誰だ」
「うぅ……それは、まぁ……そうなんですけど」
恋愛はダメ、恋愛映画はダメ、恋愛小説はダメ、恋愛漫画はダメ、ダメダメダメのつけが、今まわってきた。
今、母親にやってきた。
「なんで……私は何も間違えていないはずなのに……私はちゃんと育ててきたのに……」
「言っておきますけど、私はこれからの人生のすべてを紅葉と歩むつもりですから。貴方がなんと言おうと、それを紅葉が望んでいて、私も望んでいるのですから。間違いはないと、そう確信していますから」
女の子は綺麗でいなきゃダメなのに、女の子は純粋でいなきゃいけないのに、どうしてどうして、女の子なのに女の子と恋愛したりなんて、なんで、なんて。
「気持ち悪い」
「え?」
「女同士で恋愛ごっこ? 映画やドラマの見すぎですよ。徒花さん」
「貴方の娘さんはそういうのを一切見ずに、私だけを見て指輪をくれたんですけど」
「貴方には断る権利があるでしょう?」
「権利があっても、行使する理由がありません」
「好きじゃないでしょう? こんな子なんて」
「好きですよ? 紅葉がどんな子でも」
「後悔するわよ? アイドルの彼女だなんて」
「後悔するほどの愛を、私は紅葉にもらうつもりですから。いいよね? 紅葉」
「……今訊かないでくさだい……ズルいです……」
話の方向がだんだんと喧嘩の方向に向かっている様な気がして、どう収拾をつけたらいいのか、わたしにはわかりません。
でも、これ以上はほんとうに喧嘩になりそうで。
「まぁ、ともかく! ね? お母さん」
「なに」
「紅葉の事は私が責任持ちますし、活動に関しても心配はしないでください。メインは私じゃなくてベテランのマネージャーさんが行いますし」
「いつか別れるかもしれないのに、女の子同士のふざけた恋愛を続けるの? マネージャーまでするの?」
「続けますよ。別れるかもしれないっていうのは勿論分かりますけど、でもまぁいつか別れるかもしれない。って思いながら恋愛しても楽しくないですから。ね? 紅葉」
「えっ、はい……」
別れるなんて、そんな事、わたし考えた事もなかった。
「何を話しても理解してもらえないのね」
「そんなのお互い様じゃないですか、貴方は私達の事を理解しない、しようともしない、だから私達も、貴方の事は理解しないし、しようともしない」
「もういいわ……今日は、帰るわ」
「またお話します? お母さん?」
「貴方達の考えがまともになって、現実を見られるようになったらね。それと、事務所には抗議するから」
「分かりました。ご迷惑おかけするかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします」
母親はため息をつきながら、三千円と五百円を置いて一人店を後にした。
残った紅葉と楓は、新しくホットコーヒーとポテトフライとからあげのセットを注文し、少し話をする。
「結局、お母さんは何が言いたかったの?」
「いやだいやだ、と。そういいたいだけだと思います……あの人が本当は何をしたいのかなんて、わたしにはわかりませんが」
「そっか」
「あと、その……楓さん?」
「ん?」
「別れません……よ? わたし達は」
ポテトフライをケッチャップにつけ、のんびりと食べていた楓は震えながらそういう紅葉の声に耳を傾ける。
「分かってるよ。ごめんね、不安にさせて」
「いえ……」
そう言って楓は数日ぶりに紅葉の頭を撫でた。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651347075274




