09 ≪楓と紅葉が水族館に行く話≫
ずっと前から二人で行きたいねと言っていた水族館。
そこにようやく、二人は来る事ができた。
「楓さん! 見てください! 大きな水槽がいっぱいです!」
まるで子供みたいにはしゃぐ紅葉の姿を見て、紅葉も年相応の女の子なんだなぁと楓は思う。
「あんま走ると危ないよ。ほら、手つなご?」
そう言って手を差し伸べる楓に、紅葉は少し驚いてしまう。
「どうかした?」
「いえ、楓さんから手を繋ごうなんて珍しいので、ちょっと驚いちゃいました」
薄暗く、どこまでも青い世界。
家族やカップル、初めての水族館でテンションの上がっている子供たちに紛れ、二人も手を繋いで、色々な水槽を見て回る。
「楓さん、これ可愛いですよ」
「ほんとだ……オワンクラゲって言うんだね」
「可愛いです……」
そんな青い世界から少し外に出ると、そこには別の生き物がいる。
「カワウソ! カワウソがいますよ!」
「カワウソ好きなの?」
「可愛いので好きです、触った事はありませんが、なんだかふわふわしていそうなところもすきです」
数十匹のカワウソが、水の中を泳いだり、陸地に上がって遊んでいたりする。
その姿を見て、紅葉は笑う。
そんな紅葉の姿を見て、楓は笑っていた。
「楓さん、ここにはペンギンさんもいるんですよね?」
「いるみたいね」
「楽しみですね……ペンギンさん」
別に紅葉は今日が初めての水族館、という訳ではない。
一度ロケで水族館に行った事はあるらしい。
けれど。
「紅葉、今日ほんと楽しそうだよね」
「だって、楓さんと来た水族館ですし。それに水族館ってデートの定番スポット! って感じですから、余計にテンションが上がっちゃうんです」
カワウソからペンギンへ向かう途中、紅葉はそんな事を言っていた。
「そっか。デートの定番スポットか、水族館って」
「楓さんはそういうの調べたりしません? デートで行くならどこがいいのかな、とかそういうの」
「私は別に。ていうか、紅葉といられたらどこでも楽しいしさ」
「もぅ、またすぐそういう事言う……」
「何?」
「わたしちょっと心配です。楓さんが大学に行った後、同じようなセリフを無意識に吐いて、最低最悪の女たらしになるんじゃないのかって」
「ならないならない。てか、私の言葉は全部紅葉だけの特別だって、ずっと言ってるじゃん」
「大学にも指輪をつけて行ってほしくなっちゃいますよ」
あの日から、楓は肌身離さずアイビーの指輪を身に着けている。
紅葉に指輪はまだなく、しかし紅葉はその事を気にしてはおらず。
「わたしの指輪は楓さんと一緒に選びたいです」と、紅葉はそんな事を楓に言った。
「つけて行こうか? 外す理由もないし」
「なんだかわたしが楓さんの事を信じていないみたいで、束縛しているみたいで嫌なのでやっぱりいいです。でも、二人の指輪が揃ったら、それはずっとつけましょうね?」
「それは勿論」
二人はそんな話をしながら、水族館の中を歩いていた。
青い世界も、青くない世界も、全てをその目に映し、そして出口が近くなった頃、そこにある売店に紅葉は目を付けた。
「楓さん、お揃いの何かを買いませんか? せっかくですし」
「キーホルダーみたいな?」
「はい。そういうやつです」
二人は売店の中に入り、今日の事を思い出しながら、二人で揃えたい何かを探す。
キーホルダーや小さなぬいぐるみ、マグカップなどがある中から二人は、二人だけのものを探す。
「やっぱり、キーホルダーが定番ですかね」
「マグカップみたいに割れたりする心配もないし、いいんじゃない?」
「特別って、感じしますか?」
「めちゃめちゃする」
「じゃあ、どれがいいか決めましょう?」
「紅葉はペンギンとかカワウソとかそういうのが欲しいんでしょ?」
「なんで分かるんですか、凄い……」
「すごくないすごくない。一番テンション上がってたじゃん、その辺りで」
「今思うと少し恥ずかしですね……」
そうしてお揃いになったのは、デフォルメ化された絵柄が丸くて優しいカワウソのキーホルダー。
紅葉は薄ピンクを、楓は青を、カバンにつける。
「お揃いが、増えていきますね」
水族館を出て少しした所で、目の前にある広い海を見ながら紅葉は言う。
「なんだか嬉しいです。ちゃんと、一緒の時間を歩めてるんだなぁって思えて」
「それは私も一緒だよ」
「だからこそ、もう少しでまた帰らないといけないのが辛いです」
「遠距離恋愛ってやつも、案外楽しいかもよ?」
「わたしは、楓さんと一緒がいいんです」
初恋だから特別で、その相手が楓さんだったからもっと特別で、大切で。
毎日来る、母親からのメール。
何をしているの、勝手な事をしないで、お母さんの気持ちを考えて。
そんな自分勝手なメール、理由もなくわたしの愛と恋を認めない、母親からのメール。
「ん……? 楓さん?」
そっと優しく、楓は紅葉の手を握る。
「今日は私の事だけ考えてよ。ほかは全部忘れてさ」
そんな言葉は冷たい海風と共に紅葉の肌を通り、体に沁みる。
「ほら、次はえっと……」
まだ、山積みな問題はたくさんあって、それはいつになっても解決しなさそうだけれど。
でも、今日くらいはそんな事全部忘れたって、だれも怒らないから。
「お昼ご飯。ですよね」
「あぁ、そっか。てか、もうそんな時間なんだね」
「ふふ。二人で作ったお弁当楽しみですね」
「だね」
下調べはバッチリ、準備万端な二人は、お弁当を座って食べられるベンチがある場所に向けて、歩き出す。
その時紅葉の顔には、もう暗雲なんて一つもなかった。
楓の顔には、珍しく素直な笑顔があった。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651270197723




