06 ≪楓と紅葉が新年を祝う話≫
深夜零時を過ぎた頃。
「年、明けたねぇ……」
空っぽになった年越しそば、冷たい空気と新しい空気を感じながら、二人はソファーに座って、時計の針を眺める。
「わたし、こんなに静かな年越しは初めてかもしれません」
「テレビもないから、あんまり楽しくないでしょ?」
「いえ、そんな事は……ただいつもなら、年明けにある舞台やオーディションの事ばかりを考えて、こんなにのんびりはできませんでしたから」
年越しだ、と言っても二人が特別な事を何かした訳じゃない。
ただ二人でお蕎麦を作って、食べて、後はいつものように話をしていただけ。
けれど、そんな当たり前が、日常が、何より大切な人と年を越せるということが、純粋に嬉しかった。
「そういえば、紅葉の復帰の目途って結局たったの?」
「いえ、まだ……そもそも楓さんをマネージャーにしてもらえるのかすら、分かりませんから」
「そっ、か……」
お正月の定番と言えばなんだろうか、と二人は考える。
小学校ではよく、羽子板だとかカルタだとか、そういう事を教えてもらうけど、実際誰かとそういう事をした記憶は二人にはない。
「楓さん。その……ちょっと今更で申し訳ないんですけど」
「どうかした?」
「明日、初詣に行きませんか? 二人で」
可愛い事言うなぁ、紅葉はほんとうに。
「いいよ。でもこの辺りに神社あったかな」
「縁結びの神社がありますよね……確か」
「縁結び? 私達も縁結んどいたほうがいいかな?」
「結んでおくべきだと思います。より強く、強固に結んでもらって、ほどけない様にしてもらいましょう」
これも紅葉にとっては家出の延長線上、本来なら家族と過ごすべきこの時期を、家族を置いて、一人楓の所で過ごす。
「お母さんにあけおめ言わなくていいの? 」
「大丈夫です。楓さんの所に行く、という事は伝えてありますし。仕事へ復帰するまではここにいます……迷惑、ですか?」
「ううん。そんな事ない、嬉しいよ。ただ、やっぱり紅葉のお母さんとも仲良くしてないとだしさ」
「将来の事を考えて、ですか?」
「まぁ、そうだね」
二人は冷蔵庫の中からケーキと取り出す。
クリスマスにケーキを食べる事ができず、それだけが心残りだった二人はイチゴがたっぷりのったケーキを買っていた。
「お酒は飲めないから、これ代わりね」
ブドウ味のシャンメリーをワイングラスに注ぐ。
「クリスマスのやり直し。というか、あの時できなかった事を、今全力でしていますね」
「色々あって忙しかったからなぁ、クリスマスの日は」
告白をして、受け入れられたことを喜ぶ前に紅葉の母親が迎えに来て、結局穏やかにクリスマスを過ごす事は二人にはできなかった。
今、その分を取り返していると言われてもあながち間違いではない。
「いただきまーす」
「いただきます」
今日は少し、遅くまで起きていてもいい日。
二人でケーキを食べ、ジュースを飲んだら後は何をしようか。
「そうだ、紅葉」
ケーキの上にのったイチゴを最後に食べる為に残す楓と、スポンジやクリームと一緒に最初にイチゴを食べた紅葉。
二人のお皿のお皿の上には、あと少し、ケーキがの残っていた。
「私、大学決めたんだ」
「そうなんですか?」
「うん、でもまだナイショ。決めたよーって事だけは伝えたくて」
「その、ありがとうございます。楓さんとっては本当に忙しい時期なのに、わたしの事も考えてくれて」
「紅葉の事は私が勝手に考えてるだけ。それに大学だって、紅葉の為って言うとあれだけど」
「私の為?」
「まぁ、その。二人でいたいじゃん? ずっと」
今抱えている感情は案外素直に言葉になって、楓の元を離れていく。
「だからその為に、現実的に頑張らないとなぁって。思ってて」
「現実的に……」
私は一人で勝手に夢を見ている。
私が幸せになれて、そこに君がいて、そんな未来を一人勝手に夢見てる。
それがいつか、二人の夢になれば、それを二人の夢にするために、できる事は全力でしていたい。
「明日どうする? お正月らしいもの。何も用意してないけど」
「そうですね……お雑煮だけはつくりますよ。後はまた明日、考えましょう?」
時刻は一時を過ぎた頃、楓の肩に優しい重さが当たる。
「ん……」
その正体は、紅葉だった。
「眠たいか、流石に」
「楓さん……」
「夢でも私の事考えてくれてるの?」
「ん……」
眠ってしまった紅葉を起こすべきかどうか、楓は少し葛藤する。
とは言え、五分も十分目を瞑って、夢の世界にいればもう起きれないかもしれない。
なにより紅葉が虫歯になるのが怖い。
そう思った楓は優しく紅葉を起こすと、洗面所まで連れていく。
眠い目をこすりながら歯を磨く紅葉を少しの時間見守り、それからすぐに机の上を片付けにいく。
洗い物は明日にして、ふとんのある部屋へふらふらと歩いていく紅葉を確認したら、楓も歯を磨き、寝る支度を済ませる。
楓も寝る用意を済ませ、布団の上にちょこんと座る紅葉の所へ。
「お待たせー」
「うん……」
紅葉は可愛く返事をするものの、あくびをしていて、やはり眠たそうだった。
「寝よっか」
楓はそう声を掛けて、紅葉の側による。
そして紅葉を寝かせ、楓も布団の中に入る。
楓が電気を消すと、閉めたはずのカーテンが少し開いていた様で、そこから夜の明かりが部屋に少しだけ入ってくる。
「ごめん。閉めてくるね」
「ううん。このままでいい」
「そう?」
そう言いながら、紅葉は楓に抱き着いてきた。
「暑くない?」
「このままがいい。落ち着く……」
「そっか」
ぎゅっとして、紅葉は楓を離さない。
そして、紅葉は今にも泣きそうになりながら言う。
「去年は、楓さんに会えて、好きって言ってもらえて、ほんとうに嬉しかった……」
そんな事を涙声で言われたら、楓はもう何も言えない。
「そうだね……私も会えてよかった。って、思ってるよ」
そう言って楓は紅葉を抱きしめて、頭を撫でるしかなかった。
ずっとこのままでいたい。
ずっと楓さんの側にいたい。
ここじゃなきゃ嫌だって、楓さんじゃなきゃ嫌だって、そう思えるのは、ただ楓さんが優しいからとか、昔の紅葉を見てくれていたからだとか、それだけじゃない。
わたしが、楓さんの事が好きだから。
「楓さん……おやすみなさい」
「お休み。紅葉」
だからわたしは、楓さんの側にいると安心できて。
だからわたしは、楓さんの匂いで安心できて。
だからわたしは、ずっと側にいて、離さないで、って思えるんだ。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651215216314




