05 ≪楓と紅葉が部屋を掃除する話≫
散乱した紙の切れ端、部屋に隅に追いやられた帯や表紙。
「さぁ、掃除の時間です」
張り切って元気よく目を覚ましたのは徒花紅葉。
時刻はまだ午前八時を過ぎておらず、楓はただ眠い目をこすりながら床に散らばる紙を集めていた。
「楓さん、この本全部手でちぎってバラバラにしたんですか?」
「あぁ、多分そうだったと思う。ここに引っ越してきた直後はストレスのはけ口もなくて、ずっとイライラしてたから」
「まぁ、あんな事があれば仕方がないですよね」
掃除をしていても、見つかるのは小説ばかり雑誌類はまだ本棚にあるが、漫画は一切なかった。
「漫画は、読まないんですか?」
「そういう訳じゃないけど……ほら、いっぱいあるじゃん? 巻数が」
「あぁ、それで」
「小説も漫画も、沢山あるやつは買わなかったなぁ。だいたい一巻が二巻で完結してるものばかりだよ」
紙の切れ端で白色に変わっていた床は、だんだんと元の色を取り戻し始めていた。
こんなにたくさんの本を買って、読んで、破って、撒いて、こんな事にいったいどれだけの時間とお金が必要だったのか、考えるだけで紅葉は怖くなる。
「まだ読んでない本、全部段ボールに入れようかな」
「もう読まないんですか?」
「この際もういいかなって、どうせ今も読んでないし」
「そうですか……あぁ、じゃあ段ボール用意しますね」
「お願い、私はもうちょっとこの部屋片づけておくよ」
紅葉がいなくなったこの部屋で、楓はぼんやりと思い出す。
暴力に頼るしかなかった弱い自分を、暴力しか知らなかった悲しい自分を。
愛を求め、愛に怯えていた私を。
恋愛小説を読んで、その美しさに腹が立った。
推理小説を読んで、その身勝手さに腹が立った。
ファンタジー小説を読んで、そこにある都合のいい悲劇に腹がった。
青春小説を読んで、その非現実さに腹が立った。
なによりこんな事を考えている私に、世界が私に牙を向け、ナイフを刺しているとしか思えなかった自分に腹が立った。
物語の終わりは人の死と同等だと、最もらしいがよくよく考えれば意味不明な御託を並べ立てて、はやし立てて、自分を正当化して、自己防衛と自己保身を徹底して、私は悪くない、私は悪くないと逃げ続け。
そんな世界が、ほんとうに嫌で嫌で仕方がなかった。
私は、確かに私の人生の中では主人公かもしれない。
でも、世界にとって私なんてのは、そこら辺にある石ころと同等かそれ以下なんだと、あいつらに言われ続けていたから。
「楓さん! 見てください! おみかんの段ボールがありました!」
そんな考えから、私はやっと目を覚ました。
一人の少女に愛されて、一人の少女を初めて愛して、そこに確かな安心と幸せを感じて、噛みしめて。
それでも飽き足りないと、手放したくないと、心臓が脈打つ。
こんな現実だけは、今までの人生になかった宝物。
こんな現実だけが、今の私を生かしてくれる。
「ありがとう。じゃあ、さっそく詰めようか」
「あぁ、その前に私は紙でいっぱいになったビニール袋を部屋の外に出しておきますね」
ありがとうじゃ事足りないくらいの、日常と愛を君は私にくれた。
そんな現実を、私は噛みしめる。
そんな現実を、一生味わっていたいと、心臓に伝わる血は強く鳴る。
ある程度綺麗になった書斎は、一時的に二人の寝室になった。
楓も紅葉も床にしいた布団で寝る。
部屋に本棚以外にものはなく、電気を消すと、真っ暗で、とても質素で静かだけれど、そんな部屋だからこそ、互いの呼吸がよく聞こえ、心地いい。
「紅葉、ありがとうね。今日は」
「いえ。でも、よかったです。この部屋が綺麗になって」
明日は何をしようか、なんてことを考えている私自身に驚く。
明日を望んで、明日に希望を見出している自分自身に驚く。
「紅葉っていつまでこっちにいられるんだっけ?」
「いつまで……んー難しいですね。お正月は楓さんと過ごそうと思っていますけど、その後の事はなんとも」」
「そっか……」
いつも以上に静かで、言葉が冷たい楓に、紅葉は不安になる。
何かしてしまったのではないか、それ以上に楓を傷つける様な何かがあったんじゃないか、そう思ってしまう。
「楓さん」
「ん?」
「私、何かしてしまいましたか」
だから紅葉は素直にそう訊く。
ダメな所はダメだと、教えてほしいから。
「あぁごめん……そういう訳じゃないんだけど」
ただ、楓にとってこの部屋は。
「私にとってこの部屋は不幸の象徴って言うか、あんな日々の結果……みたいなものだったから」
だから、私は。
「不思議だなぁって」
そう、思う。
「そんな部屋を紅葉と掃除して……今こうして紅葉と同じ空気を吸って、同じ天井を見ながら話せてるのが
なにより私は紅葉の事が。
「なにより、紅葉っていう大好きな人の隣にいられるのがさ……幸せ。なんだろうね、私は」
やっぱり私は、幸せを知らない。
まだ、深く、強く、知りはしない。
「楓さん……」
ぽろ、ぽろ、と涙を零す楓を紅葉は優しく包み込むように抱きしめる。
そして背中を数度撫でると。
「いつものお返しです。今日はわたしが、楓さんの頭をなでなでしてあげます」
そう言って、紅葉は優しく楓の頭を撫で、楓の目から零れ紅葉の頬に触れ、流れ紅葉の口に入っていく甘い涙を、ゆっくりと呑む。
「こんなにも楓さんを近くに感じられたのは初めてかもしれません……そういえば、まだキスもしていませんからね、わたし達」
そんな言葉を発して笑う紅葉の頬に、楓はそっと。
「ん? あぁ、楓さん……んゅっ!」
キスをする。
「お口でするのは、もっと後にとっておきたいから。今日はこれで我慢して」
涙を流しながら、笑って、いつもみたいに平然と当たり前を装って、慣れない事すら慣れた様に楓は振舞う。
「もぅ、不意打ちはズルいですよ」
そう言って、紅葉は楓を抱き寄せる。
そして優しく楓の頬にキスをする。
「お返しです」
紅葉は楓から離れ、すぐ近くにある自分の布団に入っていく。
「今日はもう寝ましょう。もし不安なら……いいえ、幸せを噛みしめて居たいなら」
紅葉は真っ赤になったその顔を楓に見せない様に必死になりながら。
「手、繋いで寝ましょう?」
楓を誘う。
ずっと暗い部屋の中、二人は手を繋ぎ互いに互いを見つめ合って目を瞑る。
そして明日は何をしようかと、そんな事を考えながら小さな寝息を立ててこの夜を去る。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651197236680




