03 ≪姫メ乃猫があの人に出会うまでの話≫
珍しくライブに来てくれたお客さんがCDと缶バッチ、それにチェキまで買ってくれた。
なんで、って思うけどその人はわたしのおかげで勇気をもらえたらしいし、それは正しいことで、それはアイドルらしい、事。
なのかな。
「チェキとCDと缶バッチ……か」
きっとわたしよりも年上の人、だよね。
身長はちょっと高くて、制服を着てて、髪が短くて、真っ黒で、
あとは、どんな特徴があったかな。
「でも、あの人……」
どこか憂鬱そうだった。
どこか生きている様な感じがしなくて。
でも、あの一瞬だけは、わたしの歌を聞いていた時だけは少し、顔が明るかった気がする。
なんてのは多分、わたしの勝手な自意識過剰。
「だよね」
また、彼女に会える。
そう、私は信じているし、信じていたい。
でも、それから彼女に会えることは一度もなかった。
何処でライブをしても、同じステージで歌を歌っても、踊っても、彼女に届く事はないままだった。
またね、なんてのはただの建前で、きっとわたしの事なんてもう忘れている。
そう思える様な状況だけど、でもそうは思いたくなかった。
たった一人のファン、だから。
たった一人、わたしの歌やダンスを、好きになってくれた人なんだから。
またがある、って信じてもいいよね。
「移籍……ですか?」
「あぁ、この前話していた例の事務所の人がな、お前を気に入ってくれたんだ」
「そうなんですね……」
「そうした? 嬉しくないか?」
「いえ……ただ、その。ここに居れば会えるかもしれない、ファンの人がいたので」
「そんなの気にするな、ファンなんてお前が有名になれば勝手についてくる。そんな一人二人のファンの事を考えて、お前の人生を無駄にする方が勿体ないぞ」
「そう……ですかね」
納得は、できなかった。
けれど確かに、有名になれば会えるかもしれないというのは間違いじゃない。
テレビや映画、ドラマやバラエティーどこでもいい、どこかにわたしがいれば、見つけて、また会えるかもしれない。
「分かりました。移籍のお話、お引き受けします」
大手の事務所に行ったから、だから売れるなんて事はない。
大手の事務所に行ったから、だからもっと頑張らなきゃいけない。
そんな日々の中で、わたしの中からあのファンの事は薄れつつあった。
忘れては、いけないものなのに。
「だから、嫌だって、そう言っているの……わたしは、グラビアは……まだ、したくないの……」
ある日、グラビアの仕事がわたしに来た。
引き受けると言い出したのは、わたしのマネージャーをしていた、わたしの母親だった。
「いいじゃない別に、ちょっと脱ぐだけで今の何倍も稼げるようになって、有名になれるのよ?」
そんなセリフを、母の口から聞きたくはなかった。
「いやなの! わたしは!」
わたしは、何か大切なものを失った気がした。
今まであった家族の絆とか、信用とか、そういう何かを失った気がした。
女子中学生と言う事、アイドルをしているという事、あとは適当なタグと言葉をつけて投稿して。
「よければ、会えないかな」
そう、言われた場所に行く事を決めた。
母親への反抗。
それになぜ、グラビアが嫌だった、赤の他人に素肌を見せる事嫌がったわたしが、出会い系を使ったのかは、分からない。
ただ、思いついた方法がこれだけだった。
母はとにかく純潔を守れだとか、アイドルなんだから恋愛はダメ、恋愛系のドラマに出るのも、見るのもダメとか、そういう事を言ってくるタイプの人間だった。
だから私は、そんな母に反抗したくて、母が一番嫌がりそうなことをしたのかもしれない。
「行ってきます」
可愛らしいキャリーバックは、事務所に入った時、家から遠い場所でするライブなどに持っていく為に買ったもの。
何があっても、こんなことの為に買った物じゃない。
恐怖が脳を支配していた、男性と話をする、お茶を飲む。
それだけでいいと、彼は言っていたけれど、それだけで済まない事くらいわたしにだって分かる。
「あっ、もしかして!」
噴水前での待ち合わせ、やけにテンションが高い男性が現れて、少し怖かった。
ネット上だと、クールなイケメンを自称していたから、本当にそんな雰囲気の人がくるんだと思っていたから、余計にびっくりした。
「あっ、はい……その」
すぐに腕を掴まれて、わたしの話を聞く事もなく、自分勝手に一方的にこの人は話を進める。
やめておけばよかった。
なんて後悔は、きっともう遅い。
「その……」
「大丈夫だよ、何日でもいてくれていていいから。今日雨だし寒かったでしょ、ほら家に入ったらすぐにシャワー浴びてね」
「はい……」
この人に荷物を持たれたり、ずっと手を握られているのが怖い、怖くて怖くて、仕方がない。
「ねぇ、その子。困ってません?」
そんな私の元に、君は現れた。
「困ってますよね? その子」
わたしにとってこの人は、当時はファンでもないただ助けてくれただけの人。
だけど、そんな君が。
「明らか未成年ですし、手出しちゃダメですよね?」
そんな君が、私の運命の人だったなんて、思いもしなかった。
「私、徒花楓。十七歳の高校三年生」
そんな君と、私は人生を共にするだなんて思ってもいなかった。
「よろしくね」
そんな君が、今はほんとうに愛おしい。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330651184546777




