34 ≪アイリスの予感≫
すべての魚を見終わって、水族館を出た頃にはもう十二時を過ぎていた。
近くにあるレストランやカフェは若干混んでいるが、並ぶほどの事はなく、楓は植物や白色を基調にしたモダンなカフェに入る事が出来た。
テーブルの上に並んだのは、一枚のプレートにのったハンバーグと目玉焼き、その他野菜たち、それに加えて温かいオニオンスープが一つ並ぶ。
記念に一枚写真を撮って、その写真をゆかりに送る。
「お昼ご飯」
と、そんなメッセージを添えて。
「いただきまーす」
外食をするのはとても久しぶりで、紅葉がいなくなってから一日三食きちんと食べた事なんて一度もなくて。
「そういえば最近お昼抜いてたな……食べれるうちに、やっぱりちゃんと食べてないと」
ハンバーグをフォークで抑え、ナイフで切りながら、食後のデザートの事を考える。
それと同時に今後の予定についても考える。
観覧車には乗りたい、それはそれとしてこの後はどうしようか。
あとできる事と言えば、楽しいショッピングくらいだろうか。
それとも、一人で興味も関心もない映画を見る事だろうか。
そう悩んだ末、結局お昼を食べ終わった楓はその足でショッピングセンターの中へ入っていった。
映画を見ようかと考えたが、今上映しているのはコアなファンが五万とついた作品の三部作の最終章か、たまにしかネットをしない楓も知っているアニメ映画、しかもファンから史上最低の作品だと批判されているもの。
後は、人間ドラマが見られそうなものばかりだったが、今の楓にドラマは負担が大きすぎた。
ショッピングセンターに入ると、一番上には大きな星、それ以外の場所には華やかな飾りつけが施された大きなツリーが堂々と立っていた。
そのツリーの下には段ボールで作られた様な、プレゼント箱が置かれていた。
「なんだろ」
という楓の些細な疑問はすぐに打ち壊される。
天井から垂れ下がる大きな垂れ幕、そこに書かれた「クリスマス」の文字と、無駄に白いひげを生やしたおじさんが一人。
この季節くらいしか名前を聞かないトナカイまで隣にいるとなれば、それはただ一つ。
「今日、クリスマスイブなんだ」
赤いサンタの帽子を被った陽気な店員が店を支配し、クリスマス気分に呑まれた人ばかりが闊歩する道を、楓は目的もなく歩く。
そして、初めに楓が入っていったのは洋服店だった。
せっかく髪を切って、色を入れたんだ。
それに似合う、それにふさわしい服がきっとあるはずだと楓は探し始める。
正直、今の楓のコーデにあまりこだわりはない、制服のパーツをそのまま使い、気になったものを一つ二つ買って使えばだれでもできる簡単コーデ。
「もっと可愛く、カッコよく……」
そう考えて辿りつくコーデはなんだろう。
どんな服だろうか。
フェミニンな服や地雷系なんかは似合わない、そう決めつけてみていると、案外今の服装でもいいんじゃないかと思えてくる。
むしろこれ以上にいいものなんてないと、そう断言したくなってくる。
「私、昔はどうやって服を選んでたんだっけ」
制服のアレンジにせよ、そうでないにせよ、この組み合わせは自分自身で考えて、今こうして着ているはずなのに、その服をどうやって選んだのかを思い出せない。
「引っ越してからの下着もゆかりが選んでくれてたし……サイズは合ってなかったけど」
楓は下着や洋服を見ながら、紅葉に服を選んでほしい、なんていう願望を心に秘めたまま何も買わずに店を出た。
色々な服を見ているうちに他のものにも目移りしてしまう。
ノートとペン、可愛らしい靴下やハンカチ、つい二日三日前に発売されたばかりの小説や漫画。
それらを手に取り眺め、また元の場所に戻すという行為を繰り返しながら、限られた時間を浪費していた。
いつもなら一人でも楽しかった。
はずなのに。
何かがおかしい、そう気づいたのはただなんとなく店を見て回っている時だった。
ぼんやりと、頭の中には紅葉の顔が浮かび。
なんとなく、紅葉の声が聞きたいと思ってしまう。
きっと紅葉なら、きっと紅葉なら、そう考えて足が止まる。
「これ、紅葉が好きそう」
なんて言葉が自然に出てきた時、思わず楓はため息をつく。
もう末期だ、そんなに紅葉が恋しいかと自分自身に問いかける。
何か別の事を考えよう、何か別の事をしよう。
そう考えて、足早に楓が向かったのはショッピングセンターから出たところにある大きな広場だった。
今日の天気は晴れ、そして休日という事もあって、その広場にはたくさんの子供がいた。
子供が遊べる様な遊具が置かれた芝生のエリア、中央に置かれた大きなステージでは、なにやら催し物を今からするらしい。
家族連れやカップルに交じり、ベビーカーに乗った赤ちゃんからの熱い視線を受けながら、楓はその舞台を立ち見する事にした。
数分して始まったのは、最近この辺りで活動し始めたご当地アイドルグループのライブだった。
五人組のアイドルグループ、現役女子高生のアイドルグループだという事は、彼女達の自己紹介で知った。
クリスマスの特別ライブ、という事で全員がサンタの帽子を被ってダンスを披露する。
可愛らしいポップな曲と、優しく柔らかい振り付け。
それに合わせて、全員が笑顔を見せる。
絶える事なく、彼女達は笑顔でい続けた。
そんな彼女達に、楓は無意識に紅葉を重ねてしまう。
きっと紅葉もあんな風に笑っていたんだろうな。
きっと紅葉もあんな風に笑っていたかったんだろうな。
なんて勝手な思考が、楓の心を少し乱す。
二カ月、三ヶ月は経っただろうか。
あれから一度も連絡はなく、母親からの連絡もない。
こちらから連絡しても返事が返ってきた事は一度もなく、下手なメッセージを送るのはもうやめた。
返事は返ってこないのだと、もう諦めた。
気づけば、アイドルのライブは終わり、また別のアイドルグループのライブが始まった。
「今日、ちょっとだけ日差しが強いかな」
ずっとここにいて彼女達を見ていても、きっと紅葉の事を思い出すだけ。
無意識のうちに考えて、虚しくなるだけだ。
だから楓はもう一度ショッピングセンターの中に戻り、まだ見ていなかった帽子屋の方へ歩き出す。
アイドルの写真やキャップの付いた黒い帽子の写真、あとは誰かが落としたハンカチや、持ち主の所に帰ったハンカチとその持ち主の女の子の写真、来年に向けて買ったシャープペンシルや、デザインが好きで買ったノートの写真などなどを楓はゆかりに送った。
「ねぇ、楓。今どこにいるの?」
水族館に始まりハンバーグ、かと思えば帽子やハンカチの写真などを送られて、きっとゆかりも混乱してしまったのだろう。
「んー? ここだよ」
そう楓は考えながら自分自身がいる場所の名前をゆかりに伝える。
「どう? 楽しんでる?」
「結構楽しい。あんまり来ることないからさ、こういう所」
「次はどこか行くの?」
「んー最後に観覧車だけ乗って帰ろうかな。って思ってるけど」
ゆっくりと日が暮れはじめ、そろそろ観覧車の時間だろうか。
ゆかりとやりとりをしながら飲んでいた抹茶のフラペチーノを空にして、楓はまた歩き出す。
観覧車に乗る前に、チケットを買わなければいけない。
チケットには、ドリンク付きやポテトやホットドック付きなど様々な種類があり、楓は少し悩んでしまう。
■
やっとスマホを取り返せた、やっとやっと解放された。
しかもゆかりさんから写真が送られてきてて、なんだか楓さんが楽しそうで。
心臓の鼓動が、いつもより早い。
焦って、焦って、早く会いたいってドキドキしてる。
楓さんを、求めてる。
私が、楓さんを心から求めてる。
早くついて、早くついて、そう思っても願っても、電車は一定の速度で走り、停車すべき駅に停車する。
早く、早く、早く会いたい。
そう願って焦っても、やはり何も変わらない。
この駅を過ぎれば、その先には楓さんがいる。
そう思えるから私は頑張れる。
今日が終わって、明日になればきっと楓さんに会える。
そう、思い続けて過ごしてきたから、私は今日まで頑張れた。
頑張ってこれた。
結局楓は、ドリンクとチケットがセットになったものを買う事にした。
そう決めた時、茜色の空の中を回る観覧車が七色に光始める。
そのライトアップに、周りにいたお客さんは顔を上げ、空に向けてスマートフォンを掲げる。
楓はしばらく、観覧車のライトアップに見とれつつチケットを買うための列に並ぶ。
少女はゆかりから送られてきたメッセージを、何度も何度も確認する。
少女はゆかりから送られてきた写真を、何度も何度も確認する。
「観覧車……あっ、こんな目の前に」
電車を降りて、駅を出て、ただ観覧車の方を目指して走る。
ただ、楓を求めて少女の足は前へ、前へと進んでいく。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650826694886




