33 ≪一輪のバラに惑わされる≫
夕焼け空がやけに綺麗だったなと、そう思う。
たくさん雲があったなって、思い出す。
楓の顔だって、覚えている。
なんで泣きそうになってるのって、聞いとけばよかった。
「失恋……しちゃったな」
そんな独り言は、暗いゆかりの部屋に響く。
もうすっかり夜だというのに、月を見る気にも星を見る気にもなれず。
ただ、じっとスマートフォンで「おもしろ動画」と題されるものを見ながら、大きなうさぎのぬいぐるみを抱きかかえていた。
楓はホテルのベッドで目を覚ますと一度大きなあくびをして、すぐにカーテンを開ける。
時刻は朝の六時。
「朝食食べて……その後、今日はどうしようかな」
気持ちを切り替えて、今日の予定を立てて、朝食を食べて、そんな事をしようとしても、どうしても昨日の事を思い出してしまう。
何年も何年もずっと、ゆかりの思いに気づけずにいた事に後悔し、自分自身の思いにやっと気づいた事を今更嘆く。
それと同時に、徒花紅葉に「また会える」なんて確証はどこにもなかった事に、今更気づく。
楓は朝食を食べるとなんの目的ももたず、楓はホテル周辺の散策をはじめた。
高いビルがあちこちに立ち並ぶ、それ自体は見慣れた光景だったが、やはり見知らぬ街というのは新鮮で面白い。
見たことのない、聞いた事のないお店ばかりが立ち並ぶのは、そんな高層ビルの一つ裏の通りだった。
小劇場や洒落たカフェ、学生が多い様に見えるのは近くに大きな高校や中学が、四つもあるからだ。
そんな裏の通りを歩いているだけで一日が終わってしまいそうで、それは少しもったいないと感じて、楓は駅の方へと戻る。
駅の方に戻ると今度は大通りを歩く、そこにはコスプレ喫茶や化粧品ばかりが並ぶ店などがあった。
楓はしばらくその通りを歩き、気になるお店があれば入る。というのを繰り返していた。
イヤリングやネックレス、ちょっとした小物たち。
きっと玄関にこんなのがあれば賑やかで楽しいんだろうなと、そんな空想に浸りながら、楓は一人で歩き続けていた。
そんな場所でみたらし団子を一本買って、それを食べなら歩いていると気づけば二駅くらいの距離を楓は知らず知らずのうちに歩いていた。
周りを見ると高層ビルの背比べは終わり、高層ビルがあればそれが目立つくらいの場所に来た。
神社を一つ、お寺を一つ、コンビニを数十件、閑静な住宅街の中を特に考える事もなく歩いていると、楓はまた大きな駅の辺りへやってくる。
駅に近づけば近づくほど、また高い建物が立ち並ぶ。
駅の周りにはたくさんの人。
ちょっと高い楓の身長と、気持ち程度にあるヒールのおかげで、遠くにある看板は何とか見えた。
朝ごはんはホテルのモーニング、お昼にはまだ早く、かといって特別どこかに行きたい訳でもなく。
楓は邪魔にならない様な改札近くの柱で足を止めると、スマートフォンを取り出し観光地に関する情報を調べ始める。
「へぇ、この辺りは観光地って感じじゃないんだ……あーでも動物園ある……あーでもなぁ、水族館。水族館も捨てがたい」
そう言って悩んでいる風な仕草は見せるけれど、楓の頭の中では既に水族館一択になっていた。
切符を買って改札を通る、電車に乗り込み、知らない街へ、遠くへ。
ある駅で電車を降り、今度は滅多に乗る事のないモノレールに乗り換える。
宙に浮いたそれに乗っていると、なんだか不思議な気分になってくる。
私はほんとうに人間なのかと、自問自答を繰り返してしまう。
だって、宙に浮いているのだから、その足はいったいどこを踏んでいるのだろうと疑問に思ってしまうから。
モノレールから降りると、目の前には映画館や水族館、ショッピングセンターと、様々な施設が集まったセカイが広がっていた。
更に少し遠くの方には、とても大きな観覧車が元気に回っていた。
どこに行くのも楓の自由、まさか映画館があるなんてと、楓は色々なものに目移りしてしまう。
そんな中、楓は自分の目的を思い出し、水族館の方へと歩いていく。
楓はカップルや家族連れの中に紛れて、チケット列に並ぶ。
今日も明日も明後日も、たくさん遊べるくらいのお金は十分にあった。
沢山バイトをしてきたおかげだ、でもあまり使いすぎるのもよくない。
そう思いながら、楓はペンギンのストラップ付きのちょっと高いチケットを購入した。
水族館に入ってすぐ、ベンチに座ってペンギンのストラップをカバンにつけると、さっそく楓は可愛く泳ぐお魚を見始めた。
丁度それと同じくらいの時間に、ゆかりの元に可愛い写真とメッセージが届く。
「ぺんぎん」
そんな言葉と、可愛らしいペンギンのストラップの写真が一枚。
「楓、水族館に行ったんだ……あっ、別の写真も……あぁ、可愛い! なんていう、お魚なんだろ」
ゆかりは何をする気にもなれず、布団の中でスマートフォンを眺めていた。
可愛らしいストラップを眺めながら、ゆかりは独り言を吐く。
「いい加減、ユリも帰ってきたらいいのに……楓はずっと、待ってるよ」
失恋したばかりなのにこんなことを思える自分に腹が立つ。
それと同時に自分の感情よりも、楓の感情を優先できるようになった自分に成長を感じながら。
ただ楓に依存しているという変わらない現実にため息をつく。
「でも、羨ましいな」
なんて言葉を、昨日私は楓に吐いてしまった。
「え?」
「だって、楓にそんなに愛してもらえるんだよ? 幸せ以外の何だって言うの」
「私の勝手な想いだよ。だからきっと、あの子に言うつもりはないし……あの子にもう一度会える確証なんて……」
ずっと心の内に秘めて、ひそめて生きていくのは辛いよ、しんどいよ?
って、人生の恋愛の先輩として言いたくなったけれど。
「またね。って言ったんでしょ?」
「言い合った……」
「じゃあ、その言葉をくれたあの子を信じてあげなよ。ね?」
私は自分の心の整理がつかないまま、大好きな幼馴染の恋路を応援する善人に成り下がってしまった。
「私は二人のキューピットにはなれないし、なりたいとも思わないけどさ……」
でも、別に構わない。
「楓が好きになった人の事、私は信じるし」
楓がそれで笑っていてくれるのなら。
ずっと、笑顔を見せてくれるのなら。
隣にいるのが私でなくなって。
「楓の事も信じてるから」
ちゃんと、幸せになってくれるって。
ちゃんと笑っていてくれるって、信じてるから。
「裏切らないでよね……アイドルだかなんだか知らないけど……楓の事、泣かせたら許さないんだから」
布団の中でスマートフォンを触りながらそんな独り言を呟く。
そしてとあるニュースサイトを見ていると一つの記事を偶然見つけた。
「アイドル、姫メ乃猫。半年ぶりにSNSに新たな投稿! 芸能界復帰か!」
驚きと同時にすぐに記事を開き読んでいくと、そこには姫メ乃猫が活動休止をしていた理由や活動休止中に何をしていたのかなどを、筆者の妄想ばかりの言葉で語った後、姫メ乃猫のSNSの動きについて取り上げられていた。
「ご無沙汰しております。姫メ乃猫です」
そんな言葉から始まる姫メ乃猫の言葉は中々の長文だった。
「半年ほど前から音沙汰なく、事務所やファンの皆様に多大なご迷惑をおかけしたと思います。そんな中ではありますが、復帰の目途が立ちましたので、ご報告させていただきます」
姫メ乃猫が普段することのない堅苦しい文章と事務所の公式サイトで発表された文章に繋がるURLがつけられて投稿されていた。
「また、詳細につきましては後日発表とさせていただきます」
と、そんな言葉でそれは締めくくられていた。
「あの子帰ってくるんじゃん……アイドルに」
その投稿が今日の朝、クリスマスイブの日に投稿された事から、ファンの人達は姫メ乃猫からのクリスマスプレゼントだと、騒ぎたてていた。
「これ、楓は知らないんだろうな……」
復帰したら、また楓と一緒に暮らすのだろうか、そんな事を考えながらゆかりの頭の中には一つ、名案が浮かぶ。
「あっ、そうだ。ちょっと嫌がらせしよ」
と、そんな建前を口にしながら、楓から送られてくる写真を全て保存し、投げつける。
相手は楓を好きでいてくれるはずの、楓が大好きな人だった。
水族館にいるだけで一日が終わってしまいそうなほど、この水族館には見応えがあった。
どこまでも続く青い景色、自由に泳ぐ魚たち。
一つ一つの水槽をなんとなく眺めながら、それぞれの水槽についた魚の豆知識を読み、その魚を眺めて、次の水槽へと歩いていく。
その繰り返し。
だんだんと青い世界にも慣れてきた頃、ついに楓はペンギンを見る事が出来た。
水と岩場がセットになった様な場所、そこにたくさんのペンギンがいた。
「これがペンギン……チケットについてるって事は、ここの見どころかな」
たくさんのペンギン達を眺めながら、案外可愛い以外の感想が出てこないなと、そんな風に思いながらしばらくその場に留まってペンギン達を眺める。
どうしてか、今日はとても人が多い。
なんとなく、家族連れよりカップルの方が多い気がする。
何か特別な日だっただろうか、と考えても何も思い出せない。
これが特別カレンダーを見る事もなく、決まった予定をこなし、季節の行事を大切にしてこなかった弊害なのだろうか。
ある程度ペンギンを眺め終わると、楓は他の知らない魚に出会うため、順路に沿って歩き出す。
その道中で、一羽のペンギンにずっと見つめられていたせいで、そこから離れる事に少し心が痛んだ。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650826666287




