32 ≪アダバナカエデ≫
私は大切な人の気持ちに傷をつけてしまった。
と同時に、自分の抱えるこの感情にもきっと立派な名前があって、きっとそれは自分から自分への感情ではなく、自分からあの子への感情なんだろうな、ってそう考える事はできても、でもそれ以上この気持ちを向ける場所がない。
これが愛?
これが恋?
ふざけたこと言わないで。
でもまぁ、あの子ならまぁいいやって思える自分もいて、イヤになる。
嫌いな事は異性との交流、苦手な事は同性との深い交流。
なのに、恋なんて。
だいたい私は彼女に言った「手は出さない」って、なら恋なんてしちゃいけない。
いや、そもそもこれが「恋」だって前提で話が進んでるのがおかしい。
そもそも、私の思っている。
「側にいたい」
と、恋は何か違う様な気がするし。
もしかすると、ゆかりがあんな風に私を思ってくれているから、ただ感化されてしまっただけなのではないだろうか。
そうだ、きっとそうだ。
私が恋なんてするはずない。
するわけない。
「そう……きっとそう」
でも、どうしてかな。
君が表紙になっている雑誌や、テレビに映る君の姿。
色々な君を見ると、また会いたいなって思ってしまう。
言葉にならなくても、私の中にある感情はそう訴えている。
君がいれば、君が側にいてくれれば、なんて。
バカみたい、ほんとうに。
私、一人で何考えてるんだろう。
別の事、そうだ。
例えば、今泊まっているホテルのベッドがふかふかな事について考えよう。
ベッドメイクがすごいとか、ホテルのディナーのバイキングがすごく美味しかったとか、そんな事を考えよう。
そうすれば、少しはマシになるのかな。
「……」
恋や、愛を知らない。
知りたいとさえ、思わない。
姉は恋で死んだようなもの、兄だって性で死んだ。
そんな二人を見て、恋や愛をしてみたい、なんて。
「怖いな……」
それもきっと、私の抱える本音の一つ。
愛し続けられる自信もなければ、傷つけないと胸を張って言える自信もない。
兄と同じ様な事をしたいとは思はない、暴力を以って服従させ、弄ぶなんてそんな事。
でも、してしまうかもしれないとは、思ってしまう。
だって、性も愛も、私は兄しか知らないのだから。
「紅葉を、傷つけたくないな」
アイドルで、いてほしい。
望む未来を、望む様に、望むままに生きてほしい。
徒花紅葉には、そうしてほしいと私は願っている。
想っている。
そこに、ほんとうに私は必要なの。
「ダメだ……鬱になる」
考えても考えても、自分が納得できるような答えが出てこない。
考えても考えても、自分が知りたい答えが見つからない。
ふと楓は真っ暗な部屋の中、そこにあるテレビをつける。
ニュース番組、バラエティー番組、音楽番組、普段楓が態々触れない様な娯楽が、そこにはたくさんあった。
「あっ……」
でも、楓が興味を示すのは一つだけだった。
テレビの画面には「姫メ乃猫」が映っていた。
しかし、芸能界に復帰したなどと言う話は一切聞かない。
少し焦って、楓がよくよく目を凝らしてみると、その番組は今回で何周年か記念放送で、過去に放送した企画の人気投票を行い、その結果と共にその回を放送しているだけだった。
つまり、ただの再放送。
番組の中では、姫メ乃猫が色々な動物の映像に反応したりコメントをしたり、交通事故の映像や心霊映像をみて驚いたりと、とても忙しそうだった。
「姫メ乃猫は凄いなぁ……ほんと凄い……」
そう言いながら楓は、なんとなく街で買ってそのまま机の上に置いていたポータブルCDプレーヤーを手に取り中にCDを入れた。
そして、イヤホンをポータブルCDプレーヤーに差して、ベッドの上に寝転び、カーテンの隙間から見える月とネオンに想いを馳せる。
「……」
楓は静かに再生ボタンを押した。
聞こえてくるのは「姫メ乃猫」の歌声。
私が、勇気を元気を、明日や過去を少しだけ好きになれた歌声。
どこか弱々しくて、今にも泣きそうで、だけど一生懸命に歌っていた、まだ幼い「姫メ乃猫」の声。
一生懸命練習したんだろうなぁ、なんて私は勝手に考えてしまう。
歌詞も、なんだか売れっ子アイドルがよく使いそうな定番フレーズ盛沢山。
社会に訴えかける曲というよりも、愛してもらおうと、好きになってもらおうと、必死で、可愛らしい曲ばかりだった。
「あの子……こんなに楽しそうなのに」
またアイドルをしてほしい、私の為なんかじゃなくてもいいから、マネージャーが無理ならそれでもいいから。
でも、私はもう何も言えない。
私の言葉は、いつまで経っても届かないまま。
紅葉の母親はこれからどうしていくつもりだろう、紅葉がしたくない事でも無理にさせるのだろうか。
勿論、それで売れる可能性もある。
だけど、紅葉がそれで長続きするとは思えない。
「私なら、こんなに歌を頑張っているんだから、歌を中心に置く……演技だって、頑張ってるんだから、舞台のオーディションを勧めたりする……あぁ、でもこういうのって私の仕事なのかな」
そんな風に考えても、紅葉には届かない。
可愛らしい、愛らしい。
きっと何人ものファンがいて、きっとのその内の何人かは今も、ずっと、姫メ乃猫の帰りを待っているのだろう。
私だって一日も早い、姫メ乃猫の、もしくは徒花紅葉の復帰を待っている。
その手助けができたらいいな、なんて私は思ってしまっている。
大層な事だ、そんなの分かっている。
舞台に立つ、徒花紅葉の姿が頭に浮かぶ。
スポットライトを浴びる徒花紅葉の姿が頭に浮かぶ。
笑顔で、踊る、演じる、徒花紅葉の姿が頭に浮かぶ。
楽しそうで、嬉しそうな、徒花紅葉の姿が頭に浮かぶ。
まるで、そこにいるみたいに、手を伸ばせば届きそうで。
「やっぱりこれは……」
恋、なんかじゃないよ。
ただ私は、側にいたいだけ。だよ、
「どうして……だろう」
心臓の音が、強くなって止まない。
どうして、だろう。
どうして、こんな事思うんだろう。
「これが、恋だったらよかったのに……なんて」
紅葉が、私に恋してるかどうかなんて、分からないのに。
勝手に期待して。
期待をすればするだけ、裏切られるんだってそう知っているのに。
「紅葉は裏切らないんじゃないか、一緒に生きていけるんじゃないか、ってそんな自分勝手な事を……」
想っている。
心の奥底で、楓はそう。
想って、願っていた。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650826330441




