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【百合】やがて愛あるBouquetを知る二人。≪時系列整理版≫  作者: 夜乃月 ≪ヨルノツキ≫
≪ chapter5 Chocolate Cosmos ≫
32/76

31 ≪ムラサキハシドイ、枯れ散る冬≫


 電車が一つ、通り過ぎる。

次の電車が来るまでにはまだ少し時間があった。

その時間をもったいないと感じる事も、待つ事が苦痛だと思う事もなく、楓はただじっと夕焼け空と広い海を背中に向けて、ゆかりの目を見ていた。

ゆかりの、その今にも泣きそうな目を、見つめていた。


「中学の時、好きな人がいるって話したよね」


「してたね……その子とはまだ連絡とってるんでしょ?」


「うん……私が何気なく『おはよう』って言ったら『おはよう』って、返してくれる子」


「いい子じゃん」


「うん。とってもいい子なの……で、その子にね? 告白して。フラれようと思うんだ。私」


「なんでフラれる事前提なの」


「その子、自分で気づいてないだけで、好きな人いるから」


「まぁ、浮気はダメだよね?」


 きっと楓は考えてもないんだろうな、自分が好かれてるなんて。

自分の事好きになってくれる人なんていないって、昔から言ってたもん。


「そう! 浮気はダメ! だから私は、その子のお友達でいようと思うんだ」


私みたいな人を好きになる奴は信用ならないって、そんな事も言ってたっけ。


「それでいいの? ゆかりは」


ズルいよ、楓がそんな事言わないでよ。


「うん! いいの!」


気づいてよ。

分かってよ。

なんで……こんなに、好きなのは「私だけ」なの。

なんで、泣きそうになってるのは「私だけ」なの。


「私はね、やっと気づいたんだ……私の幸せより、その子の幸せを願うのが、きっと私の人生なんだって」


バカ。

バカ。

ほんと、バカ。


「だから……だから、私……私は、ね」


 今にも溢れ出しそうな涙を必死に抱え込んで、数十年間抱え込んだ恋心を、飼いならしたはずの恋心にナイフを突き刺して。

私はただ、大好きな彼女の幸せを願って。

彼女の初恋には相応しくないと、彼女の初恋は最初から私ではなかったと諦めて。

そう、想って。

そう、言い聞かせ続け。


 今にも泣き崩れそうだったゆかりを楓は咄嗟に抱きしめた。


「かえ……で……」


体から力が抜け、ぺたんと床に座りこんでしまったゆかりを、楓はただただ抱きしめて。

頭を撫でて、鼓動を聞いて。


「なんで……楓は……」


ゆかりの心に溜まった感情は、繊細な乙女心は涙に変わり、勢いよく零れ流れる。


「バカ! バカ! 楓のバカ!」


 何度も何度も強く叩かれる楓の背中、その優しい痛みは、数十年間愚か者だった楓への罰だ。


「なんで……なんで、私じゃないの……ずっと一緒にいたのに! ずっと側にいたのに!」


 君の感情に今更全部に気づいて、気づかされて、強く訴えられて、それと同時にどうしようもない自分自身の感情に気づかされた、私への罰だ。


「楓の腕にあった傷を舐めたのだって、楓の苦しみを受け止め続けたのだって、全部私なのに!」


だから今は、強く抱きしめる。


「私が全部! 楓の初めて全部、私のものにしたかったのに!」


言葉がない。

君にかけられる言葉が何一つ、見つからない。


「楓の初恋は、私がよかったのに!」


 制服を着た、まだまだ子供っぽい君をぎゅっと強く抱きしめて、私はただ君の感情を受け止める。

それ以上にできる事が何も思いつかない。

相応しい言葉の一つすら、見つからない。


「ごめん、ゆかり」


「ごめんなんかで済むもんか! そんな言葉で済んだら……そんな言葉で済むなら……だったら私は最初から恋なんてして……恋なんて!」


 心に溜まった感情を吐き出し、強く強く楓を責めながら、それでもそこにある言葉は優しいものばかりだった。


「ごめん……ゆかり……ごめんなさい……」


 まだ涙は収まらない、荒くなった息は荒いまま。

ゆかりは一度、楓を離す。


 手を握って、じっと楓の顔を見ていると思わずゆかりは笑ってしまう。


「ここは笑う所じゃないでしょ……」


「ごめん……でも、やっぱり笑っていたくて」


ゆかりは呼吸を慎重に行い、一つ一つの言葉を大切に(こぼ)す。


「私は楓の一番でいたかった」


 ゆかりは楓の目を見て言う。


「私は楓の大好きでいたかった」


真剣に、これが恋の終わりだと知っていても。


「私は楓の大切でいたかった。」


手を握って、その優しい顔を見つめて。


「私は楓の明日を支えて居たかった」


そして、ゆかりは言う。


「私は楓の人生に寄り添いたかった」


大きく息を吸って、ただずっと心にあった言葉を。


「楓、好きだよ」


たじろいで、言葉にならなくて、そんな楓を見ていると、やっぱり面白い。


「返事は?」


「返事って……普通、催促するものじゃないでしょ……」


 言いたくない、私の言葉でゆかりを否定したくない。


「いいから、言ってよ」


 ちゃんと、楓の言葉で否定してほしい。

ちゃんと、楓の言葉で終わりにしたい。

それが私の、最後の望み。


「ごめん……ゆかり、私は……」


 どうしてもその先の言葉が引っかかる。

ゆかりを否定したくない、ゆかりを受け止めたいのに。


「私……は」


なのにそれ以上に私はなんで。

あの子事を、思い出すの。


 笑っているのは、隣に立って歩いているのは、同じ物を食べ、違う事を感じ、時々同じ事を感じて笑いあって、一度もした事のない喧嘩をして、すれ違って、それでも私の側にいてくれるんじゃないか、って自分勝手に期待してしまうのはどうしても。


「あの子の側に……いたいんだ」


徒花紅葉、だった。


「うん」


 ハッキリとした、楓の言葉。

楓の向かう、未来への言葉。

その言葉だけは、私宛。

私しか聞くことのできない、特別な言葉。

この失恋だけは、私の物。


「ありがとう……ちゃんと言ってくれて」


「ごめん……今まで言えなくて」


「ううん。いいの……その代わりあの子の事、大切にしてあげてね」


 花が散る。

楓の愛は、私のものじゃない。


「ほら、立とう? 次の電車来ちゃう」


楓の苦しい過去を、何度も何度も否定した明日も未来も、その全部が私の為にはない。


「ちょっと、いつまで抱きしめてるの」


全てがあの子の為にある。

楓は私じゃなくて、あの子を選んだ。

その選択を恨んだりなんてしない、妬んだりなんてもうしない。

いいのそれで、それで楓が笑っていてくれるのなら。

楓が、これからの人生で「幸せ」を、感じられるのなら。

私はそれで、十分なの。


「また、会えるよね?」


 夕焼け空が、綺麗だ。

漣の音が、心臓の鼓動の様だ。

線路は錆びて、そこにはまだ少し赤黒い跡がある。


「そう……よかった。あーでも、変に気を使って、今後連絡してこないとかやめてね? 旅行の続きはちゃんと私に連絡すること。いい?」


 四両編成の電車が向かってくる。

それを知らせるために、踏切は音を鳴らす。


「またね、楓」


 笑って、恋を終わらせる。

初恋は。

私の初恋は、こうして終わる。

華々しく、凛々しく、可愛らしく、私らしく。

この恋は、終わる。


「ゆかり……また、ね」


「うん! またね!」


丁香花ハシドイゆかりの恋は、こうして終わる。


 夕焼け空がうざいほどに綺麗だった。

楓は遠くに行ってしまうその時まで、ずっと私を見ていた。

その時間だけが、私が楓を独り占めるできる最後の時間。

だったんだろうな。


「またね。楓」


そんな言葉は楓の元には届かない。

残酷に、電車は駅を出て遠くの町へと楓を連れて行ってしまった。

楓を、私から引き離して返してはくれなかった。


夜乃月です。

カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。

こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)


【カクヨム版URL↓】

https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650825843452

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