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【百合】やがて愛あるBouquetを知る二人。≪時系列整理版≫  作者: 夜乃月 ≪ヨルノツキ≫
≪ chapter5 Chocolate Cosmos ≫
29/76

28 ≪ヒガンバナ≫


 きっと誰もが待ちに待った冬休み。

しかし楓は、少し憂鬱な気分でその冬休みを迎えていた。

まだ紅葉からの連絡がない、母親からの連絡もない。

楓が紅葉に送ったメッセージに既読がついた事は、この三ヶ月程度の中で一度もなかった。


 せっかくの冬休み、それを少しは楽しもうと楓はカレンダーをめくる。

そして全てが空白な事を知り、少し寂しくなる。

紅葉が入れば、どこかに行けたのかもしれないとそう思う。


 明日にでも出かける事ができるようにと、楓はキャリーバッグに荷物を押し込む。

四日分の着替えや日用品等があれば、十分すぎるくらいだろうと、そう考えながら荷物をつめる。


 恋焦がれる彼からの電話を待つような生活を続けていれば、腐って取り返しがつかなくなる。

と、そんな建前と言い訳を自分自身に繰り返しながら、結局の所はただ気分転換がしたかっただけだった。


 楓が家を出たのは、冬休みが始まって五日が経った日の事。

街も人もすっかり冬模様で、空気も冷たい。

そんな日常の中、楓はキャリーバッグを引き、曇天の空を眺めながら駅へと足を進める。


 駅近くにあったコンビニでパンとカフェオレを買い、電車に乗って数分すると今度は新幹線に乗り換えて、遠くへ、遠くへと、座っているだけで楓は連れていかれる。


 二時間ほど揺られ続けたら、一度電車を降りてお昼ご飯を食べられる様な場所を探す。

特別観光がしたい訳でもなく、更にここから別の電車に乗って揺られ続けないといけないという事もあり、楓はお昼は手短に済ませたかった。


 結果、楓が選んだのはハンバーガーとポテトのセット。

そう言えば最近、ハンバーガーを全然食べていなかったなと、楓のそんな意識がそれらを選ばせた。


 美味しい物を食べて幸せ気分に浸っていたのもつかの間。

楓が普通電車に乗り換え、四人掛けのボックス席を独り占めし外を眺めると、そこからは楓を苦しめる景色がどこまでも続いていた。


 街から山へ、トンネルを抜け、海のある方へ。

自分の意思で向かっているとはいえ、車窓から見える景色には少し苦しいものがあった。


 あの全てから逃げる為、あの苦しみから逃げる為、地獄みたいな悲劇みたいな現実から逃げ出すために、その為に乗った電車から見た車窓と同じだった。

何も変わっていなかった。


 苦しい胸を抑えつけて、現実から少し目を逸らすために楓は目を瞑る。


 聞き慣れた駅名がつらつらと並ぶ、どこまでも見たことのある景色が続く。

そんな電車に揺られ続ける事三十分程度。

ついに楓は目的の場所につく。


 そこは楓が産まれ育った懐かしの、忌まわしき場所。

特別来たい理由も、来るべき意味もない場所。


「さて……と」


なのにここに来てしまったのは、ただ昔話に縋りたかったから。

あの日々を、忘れられないでいたから。


 電車が通り過ぎた駅、プラットフォームに置かれたベンチに座って正面に見える海を眺めながら、時々線路を見る。


「ここで……」


近くにある踏切が鳴る。

その踏切が電車が近づいてくる事を知らせる。


「お姉ちゃんが……」


勢いよく通り過ぎる電車をただじっと待つ。

通り過ぎていく電車の風で、楓は飛ばされそうになって。

目を瞑って。


「お姉ちゃん……」


気づけばそこにはもう、何もない。

彼女の声も、色も、何も、そこにはもう、何もない。

ただそこにあるのは、線路わきに咲いた季節ずれのヒガンバナだけだった。


 無人駅を出て、町を歩く。

昔はもう少し賑わっていた気がするが、駅前にある店のほとんどはシャッターが閉まっていて、人も歩いていない。

山の方を見ると、大きな中学校があったはずの場所が、大きな精神病院に変わっていた。


 歩いていると、お年寄が時々歩いていた。


「こんにちは」


と、挨拶してくれる様な人もいれば、そうでもない人もいる。

それは、どこの町も変わらない。


 楓の足は自然と昔住んでいたあの家へと向かう。

まるでそこが、今でも帰るべき家であると楓が思っているかのように、自然と足は動いていた。


 急な坂道を上り、山の方へと近づいていく。

その辺りにはお墓や地蔵が並んでいたが、昔と違って不法投棄されたものが色々と転がっていた。

錆びた自転車、壊れた冷蔵庫、ドアのない電子レンジ、教科書や制服なんかも捨てられていた。


 そんな不法投棄物を眺めながら、家のある方へ足を進める。


 昔はこの辺りにもいくつか家があって、人が歩いていたのに今は誰もいない。

少しの間だけ交流があった女の子の家も、今は見る影もない。

そしてそれは、楓も同じだった。


「あぁ……そっか」


 もう、何もなかった。

一つか二つはあったはずの楽しい思い出も、それ以上にたくさんあった苦しい思い出も。

全部ここにあった。

それが全て、消えていた。

あの小さな家はもう、ここにはなかった。


「なんか、無くなっちゃってるとそれはそれで寂しいな」


そこは、青々とした森に囲まれた雑草の生い茂るただの安い売地になっていた。


「あんなのでも、私の家……だったかな、ここは」


 父親が今何をしているのかも、兄が今何をしているのかも、知らないし知りたいとも思わない。

死んでしまう前に一度は会ってみたいと思ってしまう。

きっとそれは家族だから、きっとそれは血が繋がっているから。

恐怖や憎しみを与え続けられた時間よりも、彼らに頼り尊敬していた時間の方が長いから。

そのせいで私の脳が「尊敬できる存在だ」と、誤認し続けているから。


「嫌だなぁ家族って……血のつながりって、呪いみたいじゃん」


 いつまで経ったって、私は覚えている。

どれだけ嫌いでも、どれだけ憎くても、その顔と声が頭にこびりついて離れない。

衝撃的な思い出があれば尚更離れてくれない。


「私もきっと、酷い事をしてしまったんだろうな」


 兄からの暴力、父からの暴力、姉の死、仲がいいと私が勝手に勘違いしていた子達からのイジメ、母が病み、私はほんとうにどうかしていた。


「ただ一人、お咎めなし。か」


父も兄も、あの子達も正しい罰と正しくない罰を受けた。

法による正しい罰、その結果兄は遠くへ。

父は、数年前に自殺した。という話を聞いている。嘘かほんとか分からないけど、もしそれがほんとうならそれだって罰だ。

あの子達は、正しくない私の罰で、大半の子が傷を負い、精神を病んだ。

母親は、本来罰を受けるべきではなかったのだろうが、沢山の人から叱責され、罵倒された。

私は、どうだ。

私は、のうのうと生きていいのか。

幸せになりたい……と、そう願って、ほんとうにいいのだろうか。

紅葉の側にいたいと、そう思い続けていいのだろうか。


「ずっとここにいても気分が悪くなるだけだ……別の所……そうだ、海。海を見に行こう」


 ここから先はノープラン。

ただ家がある場所を見に来たかっただけで、町がどうなっているのかを見たかっただけで、それ以上は何もない。


 そうだ、綺麗な海を見に行こう。

そう決めて楓が歩き出そうとした時だった。


「お前……」


男の人の、声がした。

聞き慣れた、声だった。


「なんで……」


後ろを振り返ればそこにいたのは。


「――なんでは、こっちのセリフだよ……」


そこにいたのは「芽吹楓」の兄だった。


夜乃月です。

カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。

こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)


【カクヨム版URL↓】

https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650812183620

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