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【百合】やがて愛あるBouquetを知る二人。≪時系列整理版≫  作者: 夜乃月 ≪ヨルノツキ≫
≪ chapter5 Chocolate Cosmos ≫
28/76

27 ≪ダイヤモンドリリーの冬≫


 キャリーバッグ重たい荷物と思い出を詰め。

約束はちゃんと守りたいけれど、心のどこかでは名残惜しくて。


「楓さん。最後にぎゅってしてください」


だから紅葉は、最後のハグをせがんでいた。

楓の家の玄関で、両手を伸ばして楓の目を見つめながら。


「いいけど……紅葉って、こういう事してほしいタイプの子だっけ?」


「わたし、楓さんが思ってる以上に楓さんの事を大事にしてますし、別れるのがとても辛いんですよ?」


「はいはい。どうせまた会えるんだから、別にいいでしょ、そんなに悲しまなくて」


「楓さんって、結構冷たいですよね」


「ここまでしといてそれ言う?」


「あぁ、すみません。そういう意味ではなくて、あんまり深くかかわってくれないというか」


「紅葉とは結構深くかかわったでしょ? それより早くしないと電車来ちゃうよ」


「あぁ、そうですね」


結局うやむやにされてしまい、ハグの一つもないまま紅葉はキャリーケースを引かなければいけなくなった。


「次、いつ頃会えるかな」


紅葉が家を出る前に、そんなセリフを吐いたのは意外にも楓だった。


「お母さんの気分次第……でしょうけど、なるべく早くとは、わたしも思っていますから」


「まぁ、来る前に連絡してね。掃除とかしときたいし」


「掃除をするなら本の部屋からですね」


「あの部屋は……まぁね」


「わたしも一緒にしますから、嫌がらないでください」


 まだ朝の十時を過ぎていない頃。

いつもなら朝ごはんを食べ、片付け、楓は楓の事を、紅葉は紅葉の事をしようとしている時間、だというのに。


「気を付けてね」


「楓さんも。元気でいてくださいね、わたしがいないからって変になっちゃ嫌ですよ」


お互い別れを惜しんでいたが、そんな事を知らない時間は、自分勝手に過ぎていく。

紅葉は小さく手を振ると、楓に背中を向けドアを開ける。

そのドアを通り、一度外に出ると紅葉は楓の方をみて深々と頭を下げる。


「お世話になりました……また、会いましょう」


「うん、また……どこかで」


「次にあった時は、わたしのマネージャーさん。ですかね」


「だといいね」


一度上げた頭を紅葉はもう一度下げ、深々とお辞儀をすると。


「じゃあ、またね。楓さん」


「あぁ、またね。紅葉」


そう言って紅葉はドアを手でそっと押す。

楓はだんだんとしまっていくドアを眺めながら、その隙間から見える紅葉の影を、ただじっと見つめていた。


 楓一人の靴しかない玄関を眺めて、キャリーケースの音ももう聞こえなくて。


「あっさり帰っちゃったな。あの子……」


楓の日常が返ってきた。

何もない、可もなく不可もない。

ただ、当たり前にあるはずもない明日と昨日が、当たり前にある奇跡に嘆く日々が、返ってきた。


 いつもは紅葉が淹れてくれるコーヒーを、楓は自分で淹れる。

そのコーヒーが入ったマグカップをテーブルの上に置いて、そっと口をつける。


「あれ……」


コーヒーを飲んだ瞬間、楓は小さな違和感を心で知る。


「こんなに静かだったっけ」


それはきっと、紅葉がいなければ気づくことのなかった些細な違和感。


「私の日常って」


 音があまりにも少なく、鮮明で、澄んだ世界。

ただそれらが冷たく、楓の肌を刺す様に押し寄せる。


「ちょっと、外出ようかな」


紅葉がいなくなった後の部屋はなんだか広く思えて。

一人で食べる昼も夜も、つまらなく思えて。

眠る前に紅葉の顔が見られないのが、寂しく思えて。


 昔に戻っただけ。

と、そう思えば思う程。

楓の中にある虚しさは増すばかりだった。


 時間の流れは速いもので、秋はすぐに過ぎていく。

九月の終わり、大きな段ボールが楓の家に届く、それはゆかりからのプレゼント。

中を開けてみると、美味しそうなジャムがいくつか入っていたのと、可愛い便箋に書かれた手書きのお手紙が入っていた。


「さてはあの子、ジャムにハマってるな?」


多種多様なジャムの山に押しつぶされそうになりながら、十月の朝食は食パンとジャムが主なメニューになった。


 もうすぐ冬休み、それと同時に大学受験も迫っていた。

未だ楓の志望校は定まらず、今通っている高校から大学へ行けたらいいかな、くらいの軽い気持ちでいた。

そもそも大学に行く必要はあるのか、と考える事もあった。


「志望校は決まりました?」


と何度も何度も担任や進路担当の先生に言われ、少し嫌になってきた楓は芸能関係の専門学校、マネージャーやプロデューサーになるにはどうすればいいのか、などと言う事を勉強しながら、それらができそうな大学や専門学校を探していた。


 刻一刻と時間は過ぎていく。

どうやら初雪が降ったらしい、どうやら秋は終わり冬になったらしい。

そんな事すら実感できないまま、楓の時間は過ぎていく。


 冬休みが始まる数日前、楓は図書室で彼女と話をする。

それは今日が最後の日だから。


「謎ですよねぇ、三年生の部活は冬休みが始まる一週間前まで、って」


「受験に集中してほしいからって話だから、理にかなってるのかな、一応」


「さぁ、どうなんでしょうねぇ……でも、私は寂しいですよ? 先輩がいなくなっちゃうと」


「そう? でも、来年は入ってくれるといいね。新入部員」


「私は……一人でも大丈夫ですけどね」


「大丈夫そうには見えないけど」


 楓のお昼ご飯は、お弁当ではなく自作のおにぎり二つになった。


「先輩は独り身になって、寂しくないんですか?」


「独り身って言い方やめて。なんか私とあの子がそういう関係だったみたいじゃん」


「あぁごめんなさい……でも、気になって。先輩は一人でも寂しくないのかなぁて」


「寂しくはないよ。ただ、一人暮らしってこんなに大変だったっけ、って。今すごく実感してる」


「それを昔は当たり前の様にしてたんですよぉ、先輩は」


「現実味ないなぁ、ほんと」


 お昼休みが終わる五分前、学校中にチャイムが響き渡る。

楓は席を立ち、ドアの方へと近づいていく。

彼女は椅子に座ってその様子を眺めながら、ただじっとしていた。


「今日でさよなら、ですかね」


「どうだろ。また、来るかもしれないけどね」


「その時私はここにいるのでしょうか?」


「いないとおかしいでしょ」


「はは、ですね」


 結局私は、先輩にとってどんな人だったんだろ。

来年になったら忘れられているんだろうなぁ、私なんて。

先輩は、やっぱりどこか浮世離れしていて、不思議な人で。

でも、そんな先輩が「姫メ乃猫」の事を未練がましく覚えているなんて。


「先輩は、一度恋してみたらいいと思います」


「は? 急になに」


「それで、ちょっとは人間らしくなってください」


「だから何? 私ちゃんと人間だよ?」


「まぁ、そうなんですけど……色々浮世離れし過ぎているというか」


「そんな事ないと思うけど、地に足ついて生きてると思うけど」


「んーとにかく! 恋とかすれば先輩は変わると思いますよ!」


「わかったわかった。いつか恋はするから」


そう言って椅子に座る彼女の頭を楓は撫でる。

撫でながら、少し寂しそうな顔をする彼女を見て、心が痛む。


「それに私、どんな酷い事をされても、どんな言葉をかけられても、男の人しか好きになれないんだろうしさ。だから、いつか男の人と恋するよ」


 そう言って、楓は笑っていた。

その笑顔は、今まで私に一度も見せたことのない、どこか陰りのある笑顔だった。


「じゃあね」


 楓はまた彼女に背中を見せ去っていく。


「さよなら」


と、そう言って。


「あぁ、先輩……」


結局彼女は楓にとって、当たり障りのない。

益にも害にもならない存在のまま、楓の記憶の中で留まっていた。


「先輩!」


でも、それじゃ嫌だと彼女は声を出す。


「また。会いましょうね……いつか……また」


楓では振り返って、彼女の目を見る。

今にも泣きだしてしまいそうな、そんな寂し気な目は、ゆかりから去ったあの日、ゆかりがしていた目にとてもよく似ていた。


「君こそ、恋しなよ。今度はちゃんと、好きな人に告白するんだよ」


そう言って、楓は図書室から去る。

彼女の「またね」に応える事はなく、楓はそれから一度も図書室に訪れる事はなく、図書館にいる彼女に会う事もなかった。



夜乃月です。

カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。

こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)


【カクヨム版URL↓】

https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650811515873

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