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【百合】やがて愛あるBouquetを知る二人。≪時系列整理版≫  作者: 夜乃月 ≪ヨルノツキ≫
≪ chapter4 Sweet pea ≫
26/76

25 ≪アダバナモミジと名乗りましょう≫


 昨日の夜にできなかった話は今晩しよう。

お互いにそう思いながらも、中々話を切り出せないまま、八時は終わり九時になった。


 お風呂から上がったばかりの楓の隣に、ユリも座る。

いつも楓が寝ているソファーが少し大きめのソファーでよかったなと、ユリはつくづく思う。


「楓さん……その、昨日の事で、その……」


 ユリが昨日見ていたのは、あの思い出だけではなく、あの卒業アルバムを見ていた事を楓は知っている。

だから、きっと、たくさん聞きたい事があるんだろうな、と思いながら。


「コーヒー淹れてきていい?」


「あっ、はい」


「ユリは?」


「えと、同じで……」


「ん。分かった」


その話は楓から切り出すべきだろうなと思いながら、けれどそうできずにいた。

話してしまえばユリに嫌われそうで、それが楓にとっては少し怖かった。


 二つのマグカップにコーヒーがはいって、並ぶ。

そのマグカップを最初に持って飲んだのは、ユリだった。


「わたし、聞きたい事が色々あって……きっと楓さんは聞いてほしくないんだろうなと、そうも思って……だから」


必死になって言葉を探す、どんな言葉なら楓を傷つけないで済むだろうと考える。


「その、色々聞いたんです。ゆかりさんから……だから、なんとなくは知っていて」


ユリがそういうと、楓は小さなため息をつく。


「なんだ、知ってたんだ。ユリ」


そして、楓はそんな言葉を吐き捨てる。


「ゆかりさんも善意だったんだと思います……色々な話をわたしにしてくれて」


「じゃあ、全部知ってるんだ……私がされたことも、私がしたことも」


「全てでは……ないと思いますが」


「子供の教育上よくないんだけどなぁ、そういう話を聞かせるの」


 楓さんは平気そうな顔をして笑う。

なんでもないみたいに、それが当たり前であるかの様に。


「私は確かに酷い事されたよ。父からも兄からも暴力を受けた、姉は死んだし。母もう死んだ様なものだし……だから、私しかいないんだよ、生きてる人間が」


 きっとどこかで間違えた。

きっとどこかで間違った。

間違って、歪んで、それが治らないままで。


「でも、別にいいかなって今は思うよ……だって、ユリがいてくれる訳だし」


あぁでも、そういう考え方じゃダメなのかな。


「ゆかりさんは……」


「ゆかり?」


「ゆかりさんの事は……あの人は、楓さんの事をとても心配しています」


「ゆかりは……ゆかりには、頼りすぎたかなって反省してる。すごい迷惑かけたな、って。だから同じ事をユリにしないようにしなって、今更思ってるよ」


 楓はコーヒーを飲んでうやむやにしようとする。

結局大事な事は何も分からない。

何も、楓の口からきけないままで。


「芽吹さん……というのは」


「あぁ……それは……」


「芽吹楓さんというのは、誰なんですか」


だから、ユリはあえてそんな聞き方をする。

楓の感情を知りたくて、楓の言葉で全てを知りたくて。


「それは私だよ。私の本名」


「じゃあ、徒花というのは?」


「偽名。通称名? まぁ、今でも戸籍上の名前は芽吹だし、何かするときは芽吹じゃないといけない。けど、芽吹なんて私には似合わないから、徒花って名乗ってるの」


淡々と、楓は語る。

まるで何も思っていないかの様に、そこになんの感情もないかの様に楓は語る。


「卒業アルバムに書いてあった言葉は」


「私がしてしまったことを書いてるだけ、私がイジメられて、感情的になって学校で暴れた結果、誰がどんな風になったのかを、ちゃんと書いてるだけ。忘れないようにって」


淡々と、淡々と。

遠い過去を思い出し、言葉に変える。


「私の話なんてこんなものだよ。面白い話なんて全くないし、それにゆかりから色々聞いたなら、それで全部だから」


「でも……いえ、楓さんがそう言うなら、わたしはもうこれ以上何も聞きません」


「うん。それでいいよ。知らぬが仏ってやつ」


「でも……楓さん?」


ユリはマグカップを置いて、楓の方を見て微笑む。


「辛くなったら、それはお互いに分け合いましょうね」


優しい言葉に、温かさと目一杯の感情を注ぐために、ユリは微笑んだ。


「ユリは優しいよね。ずっと誰かの事ばかり考えてる」


「それはお互い様じゃないですか、楓さんだって男性と話をしたり顔を見たりするのが怖いのに、わたしの為に男性と話をしてくれたじゃないですか」


「まぁ、あれは……頑張ったけど」


「だからお互い様です。お互い自分の事が疎かかになりがちだから、お互いに支え合うんです。それじゃあ、ダメですか?」


「そういうものかな、私達って」


「そういうものなんです。わたし達は……さあ、楓さん? 未来の話です。未来の話をしましょうよ」


 楓は一息つくためにコーヒー飲む。

少し心に余裕ができたのか、楓はそれが苦いものだったと、なんとなく感じられた。


「わたしはまたアイドルに戻ります。また、アイドルがしたいです」


「でも、母親と話できる?」


「します……頑張ります」


「不安だなぁ……そうだ、その席には同席しよっか。流石に私も謝らないとだから」


「楓さんが謝る必要なんて」


「あるよ。一応、未成年の子を半年ちょっと親元から引き離してた訳だから」


「それは……そうなんですけど……」


 ユリはなんとなく納得できない。

別に何がどうとかじゃなくて、感情的に納得いかない。

悪いのはお母さんなのに、なのに楓さんが謝る必要なんてと、ユリは思ってしまう。


「それで、ですね。楓さん」


ユリはもう一度考える。

考えて、やっぱりそれがいいと覚悟を決めたら、それを言葉にする。

言葉に変えて、吐き出す。


「わたし、名前を変えたいと思います」


「名前……芸名?」


「はい、今のままの名前ではなく……その、わたしらしいものにしようかな、と」


温かいコーヒー、真っ黒なそれはユリにはまだ少し早かったかもしれない。


「それで……その、少し考えてみたんですけどね? 聞いてくれます?」


「もちろん。どんな名前?」


ユリはマグカップに口をつけ、コーヒーを軽く飲んだら。


徒花紅葉アダバナモミジ……なんてどうですか」


少し恥ずかしくなって、そのマグカップで顔を隠しながらそう言った。


「可愛いとは思うけど……私が言うのもなんだけど、いいの? 徒花で」


「いいんです。楓さんとお揃いにしていたいというか、その方が頑張れそうな気がするんです」


「まぁ、ユリがいいなら。いいけど」


 姫メ乃猫(ヒメノネコ)という芸名、花菱ハナビシ猫という本名、鬼灯ホオズキユリという咄嗟に出て馴染んだ嘘、そして徒花紅葉アダバナモミジという本人が納得した名前、と普通じゃ考えられないほどの名前が、彼女にはあった。

そしてその中で、彼女自身が愛せる名前は「徒花紅葉」ただ一つだった。


「じゃあ、今日から紅葉って呼べばいい?」


「そうですね……その、慣れたいので。紅葉って、呼んでください」


「じゃあ……ええと、紅葉?」


「はい!」


「紅葉のお母さんといつ話をするか、決めよっか」


「ですね」


 少しぎこちない。

呼び慣れていない名前だからか、呼ばれ慣れていない名前だからか、それとも「紅葉」というのが普段から発する事のない言葉だからか。

なんにせよ、呼べば呼ぶほど楓はその名前に馴染む。

紅葉も、呼ばれていて全く嫌な気がしない名前、というのはこれが初めてかもしれないと、嬉しく思う。

そしてその名前が、二人が望む未来の第一歩になる。


「楓さん。改めてよろしくお願いします」


「うん、紅葉、よろしくね」



夜乃月です。

カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。

こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)


【カクヨム版URL↓】

https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650804623652

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