24 ≪モッコウバラが霞だす≫
ご飯も終わり、お風呂も終わり、ユリは泣いて疲れたのかいつもよりも少し早く眠ってしまった。
楓はベッドに座って、そんなユリの顔を眺めながら数度頭を撫でて、少し微笑んだ。
時刻はまだ十二時を過ぎていない頃、楓はふとスマートフォンを珍しく自主的に手に取り、ゆかりに電話を掛ける。
「あれ、楓? どうしたの?」
「あぁ、ごめん。ユリ寝ちゃったから、ちょっと話せないかなって」
「へぇ、珍しい。楓がそんな事言うなんて」
楓の口調が優しかった。
いつもならちょっと刺々しかったり、どこかに嫌味が隠れていたり、そうでなくても心中穏やかでない様な言葉ばかりなのに、今日はそうではなかった。
「うん……まぁ、いろいろあってね」
でも、どうだろ。
あの日会った時も、楓はちょっと穏やかだったかな。
それも全部、ユリのおかげ。なのかな。
それならちょっと、妬けちゃうな。
「ゆかり、覚えてる? 昔遊びにいったショッピングセンターにいたアイドルの子」
「あぁ、うん。覚えてるよ? 楓、すごい食いついてたよね」
「そうだったよね……でも、あの時くいついててよかったなぁって、あのままアイドルの子を無視して別の所に行ってたら、とかそんな事もう考えられないよ」
ほんとにどうしたんだろう。
楓が、あんまりにも優しすぎる。
熱でもあるのかな。
「ほんとどうしたの? 急に、そのアイドルの子がどうかした?」
元々そんなにトゲトゲしてなかったっけ。
元々このくらいだったっけ。
もうわかんないや。
「実はね、あのアイドル。ユリだったんだ」
「え」
あまりにも簡単に、その言葉はゆかりの中へ届けられた。
届けられて、行き場をなくしてゆかりの心の中を彷徨ってしまう。
二人は壁に縋って、横にある窓から見える夜の景色を眺める。
楓は、ネオンの街を。
ゆかりは、輝く海を。
ただじっと、違う感情で眺める。
「ユリが……」
「そう……私もびっくりしたよ、まさかユリが、なんて」
「はは……そうだね。びっくりするよね……」
言葉にならない。
ただゆかりは膝を抱えて、なんでなんでを頭の中で繰り返す事しかできない。
「じゃあ……そっか、ええと……」
「ゆかり? 大丈夫?」
「あぁ、大丈夫……でもそっか」
私じゃ、なかったんだ。
「楓が、元気になったのは……また笑ってくれる様になったのは、ユリのおかげって訳ね」
ずっと昔から、楓の側にいたのは。
「そうだね……ユリが、明日が来ることが嬉しい事だって、昨日がある事が嬉しい事なんだって……そう、私に教えてくれたのかもね」
私じゃないんだ。
ずっと最初から。
ずっと、ずっと、ずっと、
楓の側にいたのは。
「よかったね……その子と再会できて」
私なんかじゃ、ないんだ。
「ほんと奇跡だよね……もう二度と会えないと思ってたから」
「私もだよ……また会う事になるなんて、普通思わないよね」
なんで、こんな事になるかな。
なんで、こんな事になっちゃうかな。
私だと、思ってたのにな。
「用事はそれだけ?」
「え? うん……」
「そう……じゃあ、またね」
「えっ、ちょっとゆかり?」
「ごめん、楓」
感情の整理がつかないまま、ゆかりは一方的に電話を切り、自室のベッドでうなだれる。
「こういう所だよね……私が楓にもう一歩って思われないの……はは、ほんとやだな……」
大好きなクマさんのぬいぐるみを抱きしめながら、月が反射し乱れる青い海を見る。
「あーあ、失恋した」
そして、ゆかりはこれは失恋だと、自分勝手にそう決めつけた。
「私の敗因は楓の変化に気づけなかった事楓に笑顔を取り戻すきっかけを与えられなかった事」
独り言は、目から零れ落ちてベッドを濡らす涙と同じ様に、落ちていく。
「ずるいよ、アイドルなんて……そんなの勝てっこないじゃん……最初から、勝ち目なんてないじゃん……あいつら、笑顔と希望のプロだもん……勝てる訳ないじゃん……」
そんな言葉を裏切る様に、楓からは一通のメッセージが届く。
「ゆかり、何かあった? 私でよければ聞くよ」
そんな楓の優しさに、ゆかりは思わず笑いそうになってしまう。
「そういうところだよ……好きになるじゃん……あれだけ色々あって、でも鈍感で、でも純粋で、でも信じていて……でも、私じゃなくて……きっと、楓の側にいるべきは私じゃなくて……」
ゆかりは静かに涙を流す。
諦め切れない、やりきれない思いを抱えて、夜風の冷たさを抱きしめる。
数分後、楓のスマートフォンにメッセージが届いた。
「ユリの連絡先教えて」
と、ただそれだけの言葉が届いた。
翌朝、ユリが目を覚ましスマートフォンを見ると、一件のメッセージが届いていた。
「楓を、大切にしてね」
それは「ゆかり」という、人物からのメッセージだった。
「ゆかりさん?」
開いてみると、そのメッセージの前にもたくさんの事が書かれてあった。
「私、楓の事好きだから。でも、私が側にいるべきじゃないって、分かってるから。だからもう、全部ユリに任せるから……でも、楓の声は時々聞きたいって思うし、だからあんまり楓を束縛するような事はしないでほしい……だから、その」
長々と色々な事が書いてあったけれど、結局ゆかりが言いたい事は最後の一言にまとめられていた。
「楓を、大切にしてね」
たった、一つのその言葉に。
ユリは、ふと自分が寝ているベッドを見る。
すると、そのベッドに楓が縋って眠っていた。
「もう、一緒に寝ればいいのに……」
ユリはスマートフォンを取り、ゆかりとは違ってたくさんの言葉に気持ちを込める。
「分かりました……けど、楓さんの気持ちを聞いていないのは、お互い同じ。ですからね? だからあんまり一人で考えて、勝手に突っ走らないでください」
そんなメッセージを送り、何度か楓の頭を撫でると、ユリは言う。
「朝ごはんの支度、しましょうか」
そう言って、楓を起こさない様にユリはそつとベッドから出る。
そしてカーテンを開け、雲一つない青空を眺め、呟く。
「楓さん……だったんですね。ずっとわたしの側にいてくれたのは」
そんな言葉を吐いて、楓にも見せない様な、優しさに安心が加わった、穏やかな顔で笑っていた。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650804392105




