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【百合】やがて愛あるBouquetを知る二人。≪時系列整理版≫  作者: 夜乃月 ≪ヨルノツキ≫
≪ chapter3 Anemone ≫
20/76

19 ≪カエデの遺言≫


 勉強ができて、私が知らない様な事をたくさん知っているお兄ちゃん。

とっても綺麗で、とっても可愛くて、とっても女の子な、お姉ちゃん。

勉強熱心で家族想いな、お父さん。

いつも優しくて、とっても料理が上手なお母さん。

家族五人で、仲良く楽しく。


「お前なんかなぁ!」


 一枚のお皿と、コップが割れた。

花瓶も、床に落ち、花はじきに枯れていく。


 ある日、今まで平和だった家庭の中で暴言の応酬が始まった。

今までずっとお父さんの言う通り勉強をしてきて、頑張ってきて、お父さんの言う通り野球も頑張って、小学校でも中学校でも成績優秀だったお兄ちゃんが高校受験に失敗した。

あれだけの努力をしていたのに、あっけなく不合格だった。

そこは、お父さんが行きたかった高校、県外にある名門校。そこに、合格しなかった。

できなかった。

たったそれだけで、私達家族の全てが壊れた。

全てが、終わった。

全てが、始まった。


 自分の望みを叶えてもらえなかったと、あんなに優しかったお父さんはお兄ちゃんやお母さんに暴力を、暴言を、浴びせる様になった。

「やめて」と、そう言って間に入るのはいつも決まってお姉ちゃんだった。

その度に大きな傷を作って「なんでもないよ」と言って笑うのも、決まってお姉ちゃんだった。


 次第にお兄ちゃんが家に帰ってこなくなった。

学校にも行かなくなった。

すると今度は、お姉ちゃんがお父さんに酷い事をされるようになった。


 でも、別になんて事ないみたいな顔をして笑っていた。

笑って、私の頭を撫でてくれた。


 ある日、お姉ちゃんに彼氏ができた。

その人は高校生の男の子、しかもその高校の中じゃ有名なイケメン男子との交際だった。

そして気づいた頃にはお姉ちゃんも、暴力や暴言が怖くなって家に帰ってこなくなった。

そして、まるで入れ替わるみたいにお兄ちゃんが家に帰ってきた。


 お姉ちゃんは家で何もされない代わりに学校でいじめられるようになった。


「仕方ないよ」


と、どこかでお姉ちゃんは言っていた。


「だって、学校で一番の人気者君なんだよ? 私の彼氏」


と、そう言っていた。

やがて私は、お姉ちゃんが彼氏の家に入り浸っている事を知った。

その彼氏がただのイケメン君などではなく、とんでもなく最低な奴だという話も、どこかで聞いた。


 その彼氏君の家には複数の男子生徒が出入りしていて、そこはまるでたまり場の様な場所だった。

仮にもし、お姉ちゃんが時々家に帰ってくる事があってもそれは深夜。

シャワーを浴びて、着替えを持って、また彼氏君の家に帰っていく。


 そんなお姉ちゃんが一度家に帰ってきた事があった。

深夜じゃない、朝の時間帯に帰ってきた。

それは暑い暑い、夏の日だった。


 頭から水を被り、今にも泣きそうになりながらお姉ちゃんは帰ってきた。

どうやら、彼氏君が浮気をしていたらしいという事を、私はいつか知る。

そしてその浮気相手がお姉ちゃんの親友だった事も、私はいつか知る。

同時ににお姉ちゃんは「ほんとうは嫌だった」と私にそう言っていた。

「あんな事したくなかった」とか「あの人とだけならって」と、まるで彼氏に言い訳を、懺悔をするみたいに、後悔を私に語ってくれた。


 ある日の私は部屋に籠って勉強をしていた。

まだ、姉が中学二年生で、私が小学六年生で、兄が高校一年生の時だった。

まだ、昔みたいに戻れると私が何の根拠もなく思っている頃だった。


 変な物音がするなと、変な声が聞こえるなと、私はそう思って怖くなって衝動的に押し入れの中に隠れた。

ずっと誰かが「やめて」とか「いたい」とか「いやだ」とか、そんな言葉をずっと言っていて、それが怖くて怖くて仕方がなかった。

だから私は、ただじっと、息を殺して、全てが終わるのを待っていた。


 次第に声は聞こえなくなり、夕方になる頃には裸のまま泣いているお姉ちゃんの姿が、この家にあった。


「どうしたの?」


と聞いても、答えをくれない。

お姉ちゃんはそのまましばらく動かず、次に向かったのはお風呂場だった。


 それからお姉ちゃんはずっと家にいるようになった。

それと同時に、毎晩毎晩変な声が聞こえる様になって。

私は安心して寝る事ができなくなってしまった。

その変な声が、お姉ちゃんの声に似ていたのは、きっと気のせいだ。

お姉ちゃんの目が虚ろなのも、日に日に痩せていくのも、声を発しなくなるのも、目を合わせてくれなくなるのも、毎晩毎晩、毎日毎日兄の部屋に姉が行くのも、毎晩毎晩、毎日毎日、兄の部屋から声がするのも。

全部全部、気のせいだ。

きっと、そうだ。

そうで、あってほしい。

そうだよね。

ね?


 夏休みが目の前に迫った六月、お姉ちゃんが死んだ。

プラットフォームから線路への飛び降りだった。

それで死んだと、私は後で知った。

最初のうちは、何かに嫌気が差してただどこかに行ってしまったんだと、私は思っていた。

当時のその考えはあながち間違いではないが、死んでいるなんて思いもしない。

するわけがない。


 私は、六月が嫌いだ。

その度に思い出す、お姉ちゃんが私にかけてくれた言葉を。


「楓は、私の分も私以上に幸せになってね。私よりも愛してもらうんだよ。約束だよ」


この、言葉を。


 中学生になって、私はいじめを受ける様になった。

きっかけは分からない、理由は知らない。

だけどみんなは、全然笑わない、暗い子だからって言っていた。

ゆかりには、笑顔が素敵な子って褒めてもらえたのに、どうしてだろう。


 ある日、私の机の上に一輪の花が花瓶に入って置かれてあった。

クラスの女子数人がクスクスと笑っていたのを覚えている。

机の上には他にも、お姉ちゃんが複数の男子高生と遊んでいる写真や、私の顔写真を遺影に見立てたモノもあった。

あぁ、そういえば、これも丁度六月だったっけ。


 ある日、駅のプラットフォームに立っていると、女子生徒に背中を押されて線路に落ちてしまった。

助けて、なんて声は出なかった。

だってその駅は、お姉ちゃんが死んだ駅だから。


「お前も、あいつみたいに死ねばいいのに」


あぁ、そんな言葉が深く刺さる。

薄っぺらい、快楽の言葉が、胸に刺さる。

一、二、三、四、五、六人いた女子生徒の顔は、今でも似顔絵が書けるくらいには覚えている。

名前も、声も、全部、覚えている。

いつか殺してやる。

そんな誓いは、もう忘れてしまいたい。


 ある土曜日、お兄ちゃんがとても酷い顔で家に帰ってきたのを覚えている。

汗をかき、青ざめた顔で、家に帰ってきたのを、覚えている。


「どうしよう」


と言いながら、しきりにテレビをつけては消し、つけては消しを繰り返し。

しばらくの間ニュース番組を張り付いてみていたと思ったら、こんどはシャワーを浴びて部屋にこもってしまった。


 それからしばらくしたある日、私は大人になってしまった。

兄に、子供時代を奪われた。

ただ私はお風呂を上がって兄にもらったお水を飲んだ後急に眠くなって、だからいつもよりもちょっと早く寝ただけなのに、何も悪い事なんてしていないのに。

だけど、そんなの、どうでもいいんだ。

あいつにとってはそんな事、どうでもいい事だったんた。


 ただただ痛かったのを、苦しかった事を、屈辱的だったのを覚えている。

それと同時に、あの日誰かが繰り返し言っていた「いたい」と「やめて」と「いやだ」の正体を知った。

それと同時に、その言葉の犯人も知った。

うすぼんやりとした世界の中で犯人を見た私は、声も出せず、意識は朦朧とし、痛みや苦しみに耐えきれず、やがて正常に保てているはずの意識がどこかに飛んでしまった。


 夏休みになっても、私はまだあの日から続く屈辱を味わいながら、それでもそれを誰にも言えずにいた。

ゆかりにすら、何も言えなかった。

ただ腹の中に溜まる何かに、怯えながら。

男という生物に怯えながら、取り繕って平然を装って、日常に当たり前にあった「楓」を演じる事に徹していた。


 ある日、私はクラスメイト数名に呼び出された。

そこへ行くと、そこは立派な崖だった。

飛び降りる様にと、そう指示された。

だから私は無心で飛び込んだ。

これで死ぬことができたらいいな、とそのくらいの気持ちでいた。

けど、私の現実は何も変わらなかった。

非情だ、もういいのに。


 私は髪を濡らして、今にも泣きそうな顔をしながら家に帰った。

そしてその日、私は初めてハッキリと意識のある中で兄に襲われた。

兄に私が傷つけられている事を、知った。

知って、しまった。

見て、しまった。

自分がなにをされていて、それがどれほど苦しい事なのかを知ってしまった。


 私は誰にも愛されない。

私には誰も愛せない。

私は殺されてしまった子供には戻れない。

だけど私は大人になんてなっていない

なれやしない。。

子供のまま、大人でいなければいけなくなった。

こんな私はこれからどうして生きていけばいい。

こんな私はこれからどうして生きているのだろう。


 父が、消えた。

母が、おかしくなった。

兄が、見知らぬ小学生の女の子と、中学生の女の子に手を出した。

見知った高校生の女の子に手を出そうとした所で、兄は捕まった。


 家に来た警察や、児童相談所の人、母の為のカウンセラー他、色々な人に私はまだ言えずにいた。

私は私の事を、伝えられないままでいた。

口を(つぐ)んで、沈黙を守り続けていた。


理由は?


 言うのが怖かった。

ただ、それだけだ。



 いつか、誰かに愛されたい。

いつか誰かを愛したい。

汚れた日々を、その過去を、愛のある未来で上書きしてほしい。

だけど、もう、嫌だ。

さようなら。

全部、終わりにする。

お姉ちゃん、ごめんなさい。

約束は、守れません。


 ゆかりの声で語られる楓の物語を、ただユリは聞いていた。

何か反応する事も難しく、ただ目を見開いて聞いていた。


 語り終えたゆかりは、ため息をつきながら、ただそっと、冷たい言葉で一言。


「これはね。楓の遺書なんだ」


と、そんな鋭い言葉のナイフをユリに突き刺す。



夜乃月です。

カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。

こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)


【カクヨム版URL↓】

https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650786077826

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