17 ≪トリトマな感情≫
晩御飯を食べ終わってすぐ、ユリはお風呂にお湯を張りに行った。
楓とゆかりはそれを見つつ、食器の片付けをする。
「わたしがしますよ! ですから、お二人はゆっくりしていてください」
と、ユリは二人に気を遣ったものの、楓の提案により、楓とゆかりは後片付けを手伝う事になった。
作業を分担する事で、お風呂が沸くまでの時間で机の上とある程度の食器は綺麗に片付いた。
それから少しして、三人はお風呂に入る順番を決める事になった。
しかし大喧嘩をする様な事ではないので、それはあっさり決まる。
「私、楓と一緒が良い」
というゆかりの提案により、本当に全てが一瞬で決まった。
「ゆかりの着替えどうしよっか? 私の使う?」
「それはそれで嬉しいけど……」
と言って、すっかり忘れられていたキャリーバックをゆかりは開けた。
「着替えとか、そういうの全部ここに入れてるから」
「用意いいね」
「泊まるつもりで来たんだもん。かける迷惑は最低限にしないと」
お風呂が沸いた事を知らせる音楽が部屋中に鳴り、楓とゆかりは脱衣所に向かう。
そんな様子を見ながら、ユリはソファーに座って自分の現状を知る為にエゴサーチを始めた。
脱衣所で楓が服を脱ぐと、ゆかりはすぐに楓の姿を見て一言。
「それ、私が送った下着?」
ゆかりの趣味で選び抜かれた楓の下着、その内の一つを今日の楓はつけていた。
楓が今つけている真っ黒なその下着は、ゆかりが楓に会えない寂しさが溜まりに溜まった時に衝動買いしてしまった下着だ。
「そうだけど、変かな」
「いや、まさかこんなに可愛いとは思わなかった……」
「そう?」
着替えとバスタオルを脱衣所に置いて、少し恥ずかしくなりながらも服や下着を脱ぎ、二人は浴室へと入っていく。
浴室に入ると、一度シャワーで体を流してから二人は湯船に浸かる。
「楓とお風呂入るの久しぶりだよね……昔はよく二人でお風呂入ってたのにね」
「私が家に居づらかったから、よく借りてたよね」
「ほんと、楽しかったなぁ……あの頃は」
二人が両足を伸ばして向かい合えるほどの、十分な広さがある浴槽。。
「三年くらい会ってないからね。会う様な機会もなかったし」
「ちょくちょく声は聞きあってたんだけどねー水入らずの機会は中々なかったよね」
お互いの顔を見合う形になりながら、浴槽に座る。
少し恥ずかしい気がしなくはないが、二人でお風呂に入った事は過去に何度もあった。
だからもう慣れたもの、という顔を楓はしているけれど、ゆかりはやはり顔を赤くして若干目を逸らしていた。
そんなゆかりは時々楓の何でもない様な顔を見て、少し腹が立って、ゆかりの足の指を楓の足の指に絡ませてくる。
しかし楓は「くすぐったい」とそう笑って言うだけで、顔を赤くすることはなかった。
「やっぱり私、楓とこうしてる時間が幸せで、好きだな」
先にシャワーを浴びる事になったのは楓だった。
何度か遠慮し、先にゆかりを、と考えて提案したけれど、ゆかりはシャワーを浴びている楓の姿が見たくて、それを断った。
楓が体と髪を洗う為に一度浴槽から出て、浴室のバスチェアに座る。
「あの! これ置いておきますね」
楓がバスチェアに座って少しした頃、浴室扉の向こうから声がした。
小さく影が動いた後、浴室ドアを開け見て見るとそこには新品のシャンプーがあった。
「あっ、ごめん! ありがと」
楓は少し大きな声を出して、ユリに聞こえるようにそう言った。
「いえ!」
ユリは簡単な返事を楓が聞こえる様な声にして返す。
楓は今あるシャンプーのボトルに新しいシャンプーを入れて、使い始める。
「なんだか家族みたいだね」
「え?」
「ううん。なんでもない」
長い髪が、綺麗だ。
楓の裸、見るのいつぶりかな。
白い、白い、儚げな肌と細く伸びた手足。
「……」
もう、消えてしまって痕しかない傷をその体に残して生きる、その体が、綺麗だ。
頭にのせたシャンプーを流すためにシャワーのお湯を浴びて目を瞑っている時、楓は突然誰かに後ろから抱き着かれる。
「んゅ!」
優しい感覚が、温かい人の感触が、楓を背中から包み込む。
「楓、こういう不意打ちには昔から弱いよね」
楓を包み込んだのは、当然ゆかりだった。
「楓、成長したよね」
少し手をまわして、触ってみる。
「ちょっ、ちょっと! なでこ?」
「分かりやすいのが胸。おっきくなったよねー」
「そういうの、やめて……恥ずかしい……」
触られると、ちょっとくすぐったい。
ゆかりは優しくて、温かくて、いつも私の側にいてくれた。
「楓の髪、綺麗で羨ましいなぁ」
「ゆかりだって綺麗だよ」
「ふふっ。ありがとう」
辛い時も、嬉しい時もずっと、ずっと一緒だった。
「楓。体洗ったげる」
「いいの? なら、ゆかりは私が洗おうか?」
日中は存在していたゆかりのとげとげしさなんてのはどこかに消え、優しい言葉がここには残っていた。
「うん。お願い」
楓の側にいられる。
ただそれだけでいい、ずっと楓の隣にいたい、楓が私の隣にいてほしい。
なのに。
「こーたい。次私ね」
楓は思っていたよりも、大きくなっていた。
それこそ胸もだけど、身長も、もっと言うなら心も。
昔から、こうだったのかな、でも私はそんな風には思えない。
ちょっと、大人になった様な、私と同じ様な。
「ゆかりは彼氏できたりしてないの?」
「できる訳ないでしょ? だって私だよ?」
「ゆかりは可愛いから、皆が欲しがると思うんだけど。それに深く付き合ってみたら、色々な事も分かって、もっと好きになれる……あーでも、そっか……」
「なんかもう、楓が彼氏。もとい彼女でもいいやって気がしてきた」
「ダメだよそれは、ゆかりのお母さんが困っちゃう」
「あぁーそうだね。でも、お母さんが良いっていったら楓は良いって事?」
「うーん。なんだろ、彼氏彼女とかそういうのじゃなくない? 少なくとも、私達は」
「まぁ、うん……そうだね。私達は、そういうのじゃないかもね」
少しゆかりが寂しそうに言う。
なんだか寂しそうに切なそうに、そう言う。
二人はもう一度湯船に浸かる。
今度はゆかりが楓に縋るみたいにして、浴槽に座った。
楓はなんとなく目の前にあるゆかりの頭を撫でる。
「ねぇ、ゆかり」
「ん? なに?」
「変わりない? そっちは」
「うん。変わりないよ……でも、お母さんが最近うるさいかな」
「相変わらず?」
「うん。でも、別にいいんだ……こうやって楓に会えて、顔を見て話ができたから」
「そっか……なら、よかった」
楓はまだ、私の事を思ってくれている。
けど。
「ねぇ、楓」
「ん?」
「ユリの事は、大切?」
「そりゃぁね」
「でも、楓は……そんな人の事をずっと考えてられる様な状態じゃないでしょ?」
「かもしれないけど……でも、こっちに来て結構落ち着きはしてるし。それに一人で生きてても寂しいなぁって思ってたから」
「そう……なんだ」
それ以上の事をゆかりは聞けなかった。
ただ、今の楓にユリが必要だという事が分かった。
ただそれだけで、胸が痛む。
ただその事実だけで、心が荒む。
二人は浴槽から出て、浴室のシャワーでもう一度体を流してから脱衣所に出た。
脱衣所にあるバスタオルで体を拭きながら、ドライヤーで髪を乾かす。
楓が体を拭いている時は、ゆかりがドライヤーを楓にする。
勿論その逆も。
そんな事をし終わって、昔よりもちょっと大人になった下着を着けて、パジャマを着たら二人はリビングへ出る。
「って、ゆかりのそのパジャマ……」
「えへへー懐かしいでしょ?」
「なんで中学生の時の制服……寝にくいでしょ?」
「いいの。久しぶりに着たくなったの……楓は、うん、可愛い。言う事なし」
楓は体よりも大きなサイズの半袖のパーカーを着る。見えはしないけれど、下にはショートパンツを履いていた。
「楓だって、昔はそんなパジャマじゃなかったじゃん」
「私は……なんだろう。ユリとお揃いって言えばいいのかな」
「え?」
「柄は違うけど同じ系統の服をユリが持ってて、私もいいなーって思って真似てみたの。どうかな?」
「似合ってるよ……すごくかわいい」
「そう、なら安心」
二人が楽しそうに談笑をしながらリビングの方へ出ると、ゆかりはすぐにユリを見つけ、声をかける。
「ねぇ、ユリはこれからお風呂に入るんだよね?」
「はい。あっ、時間変えた方がいいですか?」
「ううん。大丈夫。楓、早く行こ」
楓はゆかりに手を引かれて自室へと入っていく。
そんな様子を、ユリは頭にクエスチョンマークを浮かべながら見つつ、ユリは脱衣所の方へと歩いていった。
楓の部屋では、ゆかりおススメコスメの披露会が始まっていた。
普段楓が使う事のない、化粧水やリップ。
多種多様な化粧品を楓は見せてもらっていた。
「楓はほんと、メイクとかしないよね」
「時間とられちゃうしいいかなぁって、お風呂上がりの化粧水と、出かける時の日焼け止めくらいはするけどね?」
「それも全部私が送ったやつだし……こういうの、興味ない?」
「興味はあるけど……でも、あんまり女の子になるのは、ちょっと怖くて」
「怖い……か。そうだよね、ごめんね無責任に色々して」
「それは別に……ただその、やっぱりまだ怖くてさ、色々と」
楓にはもっと可愛くなってほしいし、もっと綺麗になってほしい。
せっかくの美少女なのに、もったいない。
そう、思うけど。
でも、楓の事を考えれば考えるほど……。
ちょっと自分勝手だったなって、そう思う。
「ねぇ、ユリには話したの? 楓の事」
「話してないよ。それに、別に話す必要なんてないし」
「話す必要はあるんじゃないかな……楓の側にいたいって、あの子が思うなら」
「別に私の事なんて、知らなきゃそれでいいんだし」
「よくないよ!」
「でも、ユリが知って気分がよくなる話じゃない」
「それでも、ダメだよそんなの!」
思わずゆかりは声を荒げてしまう。
稀に聞くゆかりの大きな声に、思わず楓は身がすくんでしまう。
「そんなの……よく、ないよ……」
楓の事を知っているのは私だけでいい、私だけでいいけれど、でもこうして楓といて楓が笑っている事が当たり前だと思う様な人間に楓を預けたくない。
渡したくない。
「楓は……私の側にいてくれるよね?」
「え?」
「だから!」
声を荒げて、ゆかりは楓を勢いよく強い力で床に押し倒してしまう。
「私の事、愛してくれるのって……聞いてるの」
その瞬間、テーブルに当たったゆかりの足のせいで転げ落ちた化粧水も、髪をとく為のクシも、その全てが楓の視界の中にはなかった。
「愛してるよ。楓」
ただ、楓の脳内に聞こえてくるのは、懐かしい声。
「仕方ないじゃん……俺だって、こんな……」
嫌な思い出。
嫌いな過去。
私の事を押し倒しているのは、ゆかりで。
だから、大丈夫。
だから、何も怖くない。
大丈夫だって、そう……。
「私は、楓の側にいたい……楓が一番大切だって思ってる人間でいたい……」
誰、誰が、私を、苦しめるの。
「ねぇ、楓」
やめてよ、もう。
「楓?」
息が詰まって上手に呼吸ができない。
ただただ浅い呼吸を繰り返し、死んでしまわない様に必死になって。
生にしがみついて、縋って、祈って、拒んで。
「楓は、私の分も私以上に幸せになってね。私よりも愛してもらうんだよ。約束だよ」
助けて。
「っ……」
目の前にあるそれの首を、楓はただ掴むだけ。
「楓……」
お兄ちゃんは、楓を愛しているんだぞ。
お姉ちゃんはね、楓が大好きなんだよ。
お父さんはな、楓が産まれてきて嬉しいんだ。
お母さんね、楓がこうして笑っていてくれて嬉しいの。
「だめ……これ以上は」
楓は知らず知らずのうちにゆかりの首を握っていたその手を必死になって下し、自分の上に馬乗りになっていたゆかりを力づくで押しのけて、部屋を飛び出した。
「楓っ、待って!」
楓の一番でいたかった。
楓の側にいたかった。
奪われたくなった。
奪われるなんて、他の誰かなんて考えた事もなかった。
けど、私だって焦っちゃうよ。
だって、楓が笑ってるんだもん。
私といる時よりも、私といた時よりも、ユリといた時の方が。
人間らしく、人間してるんだから。
「ゆかりさん? 何かあったんですか? 楓さんが、凄いスピードで走ってトイレの方へ駆け込みましたけど」
「あぁごめん……私のせい……だから」
「えぇと、体調がすぐれないとか」
「いいから!」
「ごめんなさい……」
「あぁ、いや……ほんとうに、私のせいだから……何も、気にしないでいいから」
なに、やってんだろ。
私。
こんな事しても、楓が私の事を好きになってくれるはずないのに。
「バカだなぁ……ほんと」
思い出したくもない事ばかりが私の頭の中を駆け巡る。
駆け巡って、中々通り過ぎてはくれない。
ずっと私の中で停滞している。
いい加減、どこかに消えてほしい。
こんな全部、全部全部、全部。
抱えていたって、どうしようもないのに。
この好きが、どうしても私の中に存在し続ける。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650780049493




