16 ≪マーガレットを心に秘めて≫
「お帰りなさい。袋預かりますね」
玄関に置かれた買い物袋の中からユリは食材を取り、早速台所まで運び始めていた。
ゆかりはその光景を眺めながら、それが当たり前の様に見えてしまって、少し嫌になる。
「お願い。あと、ユリが言ってたやつなんだけどさ」
この家の中には二人だけの特別な空気が存在していた。
ずっと昔から付き合っている私よりも、楓の事を知っているみたいに見える事もあって、嫌になる。
楓は優しい。
楓は温かい。
いつもそうだ。
でも、その優しさに、温かさに、ユリが甘えている様にしか私は思えない。
「今日は全部するので、お二人はお二人の時間を過ごしてください」
「流石に悪いよ」
「大丈夫ですよ。楓さんはほら、久しぶりにあったお友達としたいお話もあるでしょう?」
そんなユリの優しさを、楓は受け入れる。
「そう言ってくれてるんだし、いこ? 楓」
そんなユリの優しさを、ゆかりは笑顔で受け入れる。
「ほんと、あんまり物ないよねー」
ゆかりは部屋に入るとそう言いながら、楓の部屋にある色々なものを見て回る。
そこには見覚えのあるものもあるけれど、ない物だって多かった。
「最低限の物しか持ってきてないから」
「て言っても、結構新調してるよね。同じなのは……小物と……うーんなんだろう」
「私も何を新しく買ったのか分からなくて、自分で選んだものほとんどないし」
「ベッドもちょっと大きくなってる……やっぱり彼氏がいたり?」
「いる訳ないじゃん。それに、ゆかりは私の事、知ってるでしょ?」
「うん。知ってる」
そう言って笑っていられる。
楓に彼氏ができる事は絶対にない。私はそれを断言できる。
だから、安心できる。
だから、楓の言葉を信用して、私は笑っていられる。
楓はゆかりを置いて一度部屋を出た。
それは、リビングの音が一度静かになり、食器の音が少し騒がしくなった時だった。
「ユリ、手伝うよ」
そんな様子を見て、ゆかりはふと思う。
そうだ。楓はそういう人間だった。
優しくて、温かくて、いつも誰かの事を思っている。
昔から、そうだった。
私と何かしている時でも、誰かと楓が一緒にいる時でもそうだった。
「たすけて」と言われたらその子の元へ行き、できる事をしていた。
「楓」と呼ばれたらその子の元へ行き、話を聞いたり、協力したりしていた。
ちょっとした音、表情、なんでもいい、楓がそれを見逃す事はなかった。
あの日までは、そうだった。
それは勿論、私に対しても同じだった。
楓は私を助けてくれた、楓は私の話を聞いてくれた、楓は私の側にいてくれた。
ユリに対しても、同じだけなんだろうけど。
そんな優しさの片鱗すらも見せなくなった楓はユリにだけ特別優しいのが、どうしても引っかかる。
二人が買い物から帰ってきて数時間後、お風呂に入るよりも先に、晩御飯の時間になった。
机の上には三人分の食器と、卓上コンロの上に置かれたお鍋。
「ゆかりさん。何か欲しい物はありますか? 卵だったり、もう少しかまぼこが欲しいとかそういうの」
「いや、大丈夫」
「あぁ、楓さん。ご飯はこのくらいでいいですか?」
私の隣に楓を座らせる事には成功した。
成功したけれど。
「うん、大丈夫。いつもありがとうね」
「いえ」
なんだろう、こんなに気持ち悪い温かさは初めてかもしれない。
三人でお鍋を囲む。
直箸はせず、取り箸で取って自分のお皿に入れる。
ユリはゆかりがどういう味が好きなのかを知らないので、お鍋の味付け自体はスタンダードな物にして、食べる時に自分のお皿の中で自分の好きな様に調整できる様にしていた。
「どうです? 美味しいですか?」
ユリはゆかりに問いかける。
「うん。美味しい」
それに対する返答は、たったそれだけの簡単なもの。
「それなら、良かったです」
ユリは笑う。
私に対しての嫌悪感はないのだろうか。
「……」
いや、たとえユリになくても私にはある。
私はユリが嫌いだ。
よく三人分の食器があったなと思ったけれど、時々ユリと楓の食器が同じ所で買ったと思える柄をしているのが気持ち悪い。
でも、その程度ならいい。楓が新生活を始めるにあたって、同じ店で、同じ柄の食器を複数買うのは分からなくはない。
だけど、意図的にお揃いにしたとしか思えない物もあった。
それは、二人が使っているグラスだった。
楓のグラスはカエデが舞い、ユリはモミジの葉が舞う柄。
明らかに揃えただろとしか、意図的にやってるだろとしか、思えなかった。
「ねぇ、二人で出かけたりってよくするの?」
「んーあの写真が出た日が最初で最後かな。水族館とか動物園に行きたいねって話はしてたけど、結局できてないし」
「ですね。出かけたとしても、地元のスーパーや薬局に行くくらいで、ちゃんとしたお出かけはあまり」
「そっか……そうなんだね!」
二人のそんな話にゆかりは喜び、少し暗かった顔を明るくし、勢いよく話しを始める。
「ねぇ、楓? 楓覚えてる? 二人で街の方へ出た時の事」
「覚えてるよ。よく一緒に出掛けてたよね」
「そうそう! ほんと凄かったよねー大きな建物と沢山の人! 懐かしいなぁ」
「ショッピングセンターだっけ? そこにも行ったね」
「行った行った! 私、昨日の事みたいに全部思い出せるよー懐かしいなぁ……」
ユリは知らない。
楓の事を知らない。
楓の事を、何も知らない。
大丈夫、私の方が楓を知っている。
楓はずっと、私の側にいてくれるはず。
「ねぇ、どう? ユリ料理上手でしょ」
「えっ、うん。そうだね」
「いつもバイトで疲れて帰ってきて、でもユリがご飯作って待っててくれる。って思うと、結構頑張れるんだよね。私」
「そんなそんな、わたしはただ料理が好きなのと……その、せめてものお礼というか」
楓とは何度も食事をした。私の作った物を食べてもらった事だってある。
今の楓は、その時と同じ顔をする。
あれは嘘なのだろうか。
いや、きっと違う。
あの時私に言った「美味しい」も、今ユリに対して言っている「美味しい」も、その笑顔も全部本物なんだ。
「楓って、本当に美味しそうな顔してくれるから、なんか作り甲斐あるよね」
「ですね。楓さんって、嘘をつかないんですよね、言動でも行動でも」
だから安心できる。
隠し事なんて。嘘なんて、そんなのないはずなのに。
どうして楓は、私に隠し事をしたのだろう。
「あぁ、でも……」
楓は最初から、嘘つき。
だったっけ。
夜乃月です。
カクヨムに投稿していた作品を、こちらにも投稿しはじめました。
こちらは時系列整理版、としてカクヨムの方で閑話扱いとなっていたエピソードも本編中に含めて投稿いたします。(カクヨム版は完結済)
【カクヨム版URL↓】
https://kakuyomu.jp/works/16817330650740228152/episodes/16817330650779114494




