ニル先生の患者仲間
皆して少し過保護過ぎると思った。
だけどあれだけ大丈夫だとニルに訴えたというのに、翌日まで怠さは身体にしっかり残ってしまっていた。別に強がっていたわけじゃなく、嘘をついたわけでも勿論なく、本当に治るものだとあのときは思ったのだ。
これは真っ黒おばけを倒しては熱を出していた、幼い頃に似ている。
私の力が弱くなったとか、おかしくなったのではないはずだ。村では普通に対処出来ていたし、あの扉の前の錠にまとわりついていた呪いだって消せた。
だからきっと原因は、私ではなく呪いの方にある。元凶とされる杖から発せられている呪いの強さを、改めて思い知らされた。
「うわ…!ちょ、ちょっと、凄すぎない…!?」
というわけで、私はこの日図書館に来ていた。
レノに話を聞いてから是非来てみたかった憧れの場所だけれど、今日の私の目的は恋愛小説ではない。おぼろげな記憶しかない古の勇者たちの物語を、一度しっかり見ないといけないと思ったのだ。
図書館は確かに目を見張るものがあった。正直なところ初めて城を見た瞬間よりも感動している。
まず広い。舞踏会が開かれた広間よりもずっと広い。そして本棚もまた大きく、1台に一体何冊が詰め込まれているのかも分からない。
更にその本の種類がまた多様だった。10ページにも満たないような本というより画集のようなものが揃えられた棚や、読む以前に持てるかどうかも不安な分厚さの本。それが乱雑ではなく、種類別に揃えられている。
私の好きな恋愛小説も大量に置かれていた。
「よ、読みたい…!いえ駄目よアン、今日来た目的はこれじゃない…あっ、でも借りてもいいのよね?図書館だもの…!」
凄いのは、見るからに高級品だと分かる机や椅子も、等間隔に並べられていることだ。
これが王族が使うだけのものならまだ分かる。ただここは一般人も使うと言っていたし、実際来てみた今も20人程が読書を楽しんでいる。微笑ましいことに童話や絵本なども取り揃えられているので、子供の姿も多いけれどその分机や椅子が傷付く可能性は高いはずだ。
それにこの椅子だけでも盗んで売ってしまおうと考える輩だって出るかもしれない。真面目に考えれば成功しないと分かる犯罪でも、切羽詰まった人間は何をするか分からないだろう。
私は図書館ひとつに贅沢なことをするなあと少し呆れつつ、それ以上にヨハン様とフリックなかなかやるじゃないと讃えたくなった。
この図書館が作られたのは彼らの代よりももっと昔だとしても、規模を縮小するとか民への開放を禁ずるだとか、そんな政策は取らなかったのだから。
「うぅ…何だか気持ち悪いな、本に酔ったかな…」
ただひとつ困ってもいて、こうも量が多いと逆にどの本を読んでいいのかが分からない。
創作や物語もいいけれど、出来るだけ史実に近いものを読みたい。
あんなに強い呪いが生まれた経緯を、可能ならば知りたい。
どれがいいかと迷っているうちに、膨大な本の圧に押され頭痛がしてきた。
ただでさえ体調の良くない今の私に、文字がずらりと並んだ歴史書などは荷が重い気がする。
私は救いを求めるように、絵本が集められた一画に来ていた。幼児向けの本棚は他のものよりもかなり低く、それだけで圧迫感が軽減する。
私のような大人がいるのが珍しいのか、本を読んでいた1人の男の子が声をかけてくれた。
「お姉ちゃん、ここで何してんの?」
「ちょっと絵本を読みたくて。私も混ぜてもらっていいかな?」
「うん、いいよ!」
「ありがとう。君はここによく来るの?」
「僕、ヘンリーって言うんだ。昨日熱が出て、ニル先生に診てもらったんだよ」
ニル先生に違和感を覚えるも、何とか彼が医者であることを思い出す。
彼はこんな子供も診察するのね。ニルは街の民ではなく城に関わる人々が対象の医者らしいので、ここで働いている誰かの子供なのだろう。
「そうなの。私はアンって言うの。よろしくね。でも、もう熱は大丈夫?家にいなくていいの?」
「薬をもらったんだよ。ちょっと苦いやつ。でも頑張って飲んだからさ、ニル先生に褒めてもらおうと思って。それに家にずっといるのも暇だし、お母さんに内緒で来たんだ。あ!だからお姉ちゃん、僕がここに来てたこと秘密にしてね」
「ニル先生のことが好きなのね」
「うん!すっごく優しいんだよ!」
ニルの意外な一面を知った。彼は女性に優しく、そして子供にも同様らしい。それはまあ悪くない、というか、とても素敵なことだと思う。医者としても、男性としてもだ。
「…うん、そうよね。ニル先生が素敵なのは私も知ってる」
「お姉ちゃんもニル先生の患者なの?」
「似たようなものかな。ところでヘンリー、図書館にはよく来るの?私、勇者の絵本を読みたいんだけどどこにあるか知らないかな」
「知ってる!僕勇者大好きだから!でもたくさんあるよ?」
「絵本もそうなのね…じゃあヘンリーが一番好きな勇者の本を教えてくれる?私、どんな本があるか分からないからオススメしてもらえると助かるの」
「分かった!」
読んだ機会もあったのだろう、少年は真っ直ぐに窓際にある本棚の森に一瞬隠れ、すぐに一冊の本を手にして戻ってきた。
にこにことした笑顔が可愛い。お礼に、飴のひとつでも持っていれば良かったのにな。
「これ、僕が好きな本。勇者の絵がほら、ちょっとニル先生に似てるでしょ?」
「本当ね!どうもありがとうヘンリー、読んでみるね」
「絵本が好きなんて恥ずかしいから、これも秘密にしてね…、ニル先生にレディには優しくって言われてたから、僕も嬉しい!」
にこにこと笑って、ヘンリーは手にしていた本に再び目を落とした。私も同じように、ちょっと背伸びがしたい年頃らしい彼が渡してくれた本を早速捲ってみる。
絵本といえど私には新鮮で、案外この選択は正しかったのではないかと読み進めて感じた。
その絵本に書かれた物語は、大まかに言うとこんなものだった。




