第二章 7 拗ねの日
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紗希にしては珍しく登校前に俺の家へ来ることはなかった。
昨日の事で拗ねているのだろう、分かりやすい無言の抗議に苦笑した。
ここ最近頻繁に俺の家に入り浸っている春乃は、紗希が来ないことを不思議そうに首を傾げながら食器を洗っている。
「紗希ちゃんまだ来ないねー」
「そうだな。今日は家から直接学校に行ったんでしょ」
「珍しいね。もしかしたら体調崩してお休みしてるとかかなー?」
「それだったら見舞いを要求する遠回しなLINEが来るだろうさ」
「えー?なにそれ。ちょっとかわいいかもー」
「可愛い?」
「普段、クールビューティーな紗希ちゃんが風邪で心細くなっていることを想像したらちょっと可愛いかなって」
「……多分、そういうんじゃないと思うよ」
以前から紗希は体調を崩すと、俺が看病に来るまで嫌がらせのような鬼電をかましてくるのだ。
そのしつこさに根負けして看病に行けば、やたらと距離を詰めては、咳をしながら抱きついてきたり、キスをせがまれたりと酔っ払いのような絡み方をしてくる。
俺はある時、毎回毎回鬱陶しい絡みをする紗希に痺れを切らして、その非常識な行いの理由を問うてみると、風邪が俺に移れば私が七海を看病出来るじゃないと、クソロクでもない発言を悪びれもなくかましてくるからタチが悪い。
「あ、ベース、今日も七海くんの部屋に置かせてもらっていい?」
「うん。てか、いい加減一々許可取んなくていいよ。今更だし」
「えへへ、ありがとうー」
俺の家に出入りするようになり、バイト兼バンド練習がある日は俺の家にベースを置いて、学校が終わると俺の家から九龍へ通うというルーティンが出来上がっていた。
春乃は聞かなくてもいいのに、毎回律儀に俺の許可を伺うので、少し偏執的なところがあるのかと深読みしている。
俺は外で春乃を待ち、当の春乃も少し急いだ様子で玄関の鍵をかけると俺の横に並んだ。
梅雨の到来を予感させる湿気を帯びた6月の朝。
あと数日で衣替えかと、雲が薄く広がっている空を仰ぎながら、ふとそう思った。
「今日もお昼、パソコン室に行っちゃうのー?」
春乃は俺の前に回り込んで少し屈み、後ろ手に上目遣いで俺を見上げた。
あざとい。
「そうだな。パソ室で寝るつもりだぞ」
「……今日は一緒にお昼食べようよー。折角お弁当も作ってきたし」
「あー……いや、今日は眠いから明日な。いつもみたいに紗希と一緒に食べろよ」
「だって紗希ちゃん、今日は図書室の日なんだもん」
「……そしたら春乃は音楽の日だな」
「むー別にいいんだけとさー」
春乃は拗ねた顔をして、前を歩いた。
「最近、塩見さんもまたグイグイ七海くんに絡んでるし……」
「それな。あいつ俺のこと嫌いになったんじゃないのか?」
「……フリーなら問題ないんだってー」
不服そうな声色。前を歩いているので表情は見えないが、餌を取り上げられた犬のような表情をしていそうだなと思った。
「ま、明日は一緒に食べようぜ。美味い弁当頼むわ」
「……はーい」
やっぱり不満タラタラの春乃の声に俺は笑いを堪えて、前を歩く春乃の歩調に合わせた。




