第一章 80 カムバック
「ベース持ってきたってことは音出しにきたんだろ?」
龍くんはステージに上がって、機材の電源を入れながら春乃に声をかけた。
「え?あ、いや、七海くんにベースを持ってくるように言われただけで……」
「そうですよ、新メンバーの春乃とセッションしてもらおうと思って」
「!?」
「なるほど……七海の推薦だからほぼ無条件でOKだが、最終審査として演奏も見ておくか」
「えぇ……わたしてっきりベースを返しに来たんだと思っていたんだけどな……」
「おぉ!いいね!春乃ちゃんとのセッション、楽しそうだ!」
湊さんもノリノリで髪をまとめながらカウンターを回ってステージへ上がった。
「わたし、やるとは一言も……それに、セッションなんて出来るほど技術もないと思うし……」
「気にしない気にしない!テキトーでいいんだよ、テキトーで!なんか合いそうな音を出してくれればいいからさ!」
「でも……」
春乃はステージとベースを交互に見ながら気後れした様子で戸惑っている。
「お前さ」
「……なーに?」
「頭空っぽにしてとりあえずやってみれば?どうせ何もないんだし。バンド自体満更でもないだろ?」
俺の言葉に鳩が豆鉄砲を食ったよう顔を浮かべ、
「……七海くんには言われたくない」
と、ケースから渋々ベースを取り出しながら不満げに口を尖らした。
龍くんに教えてもらいながらアンプにベースを繋ぎ、チューニングを済ませる。
「んじゃ、ブルースのAで」
「おけ」
「え、エー?あ、あの」
全く腑に落ちていない春乃にウィンクを湊さんが飛ばすと、ワンツーと拍子を取って龍くんがギターを弾き始めた。
湊さんは体全体でリズムを取りながら、メロディーを口ずさみ、ギターに寄り添っていく。
春乃はしばらく呆然としていたが、曲が進むに連れてこのままではいけないとスイッチが入ったようで、龍くんの音に耳を澄ませた。
セッションの始まる前にAといった意味が曲のキーであることを理解したようで、龍くんの進行に従って春乃もベースを弾き始める。
最初はおっかなびっくりの春乃も段々とリラックスした表情に変わって、日常のボヤキを即興で歌う湊さんと顔を見合わせながら、楽しそうに笑い合う。
龍くんがギターソロを展開すれば、春乃はそれを支えるようにベースを弾き、龍くんの目配せが飛んでくると、初めてとは思えない大胆さで果敢にベースソロに挑戦していた。
春乃の額には汗が光り、龍くんと湊さんとイキイキした顔で意思疎通を取り合いながら、夢中でベースを弾き、感情が昂っていくのがガヤの俺にも伝わってくるほどだ。
何周もした12小節は、終わりに向かって、3人の高鳴りを垂れ流している。
残響は湊さんの静かな鼻歌で、初セッションは終わりを迎えた。
春乃は息を切らせながら、今までに感じたことがないであろう昂りにブルっと体を震わせた。
「すんーーーーごーーーーい!!めちゃくちゃいい!私、春乃ちゃんのベース超気に入った!!」
「へっ?……あの、本当ですか?」
「ああ。文句なしに合格」
「合格どころか、こちらから頭を下げるよ!!是非一緒にバンドやって!!」
春乃の手を取り、腕をぷらぷらさせるハイテンションの湊さん。
春乃はそれを噛み締めながら、しばしの沈黙の後
「……はい!こんな私でよければ!」
と大きく返事をした。
「やったーーー!!!」
「これでやっとメンバーが揃ったな」
大喜びの湊さんと珍しく嬉しそうな龍くん。
「揃ったって、あとドラムがいなくないっすか?」
俺の疑問に龍くんは不敵な笑みを返した。
「あぁ。ドラムは既に決まってんだよ」
「そうだったんすね」
「春乃ちゃんを連れてくるって聞いたから、ドラム担当も呼んでおいたんだ。そろそろ来るんじゃねぇか?」
と、龍くんがそういうと丁度扉を開く音がした。
俺はそちらに視線をやると、そこには見慣れた、というか見飽きたクリクリ頭のミニタンクが仁王立ちしていた。
「ま、まさか……加入するドラマーって……」
「主役は遅れて登場する」
それはしばらく音信不通の消息不明だった稀代の阿保が、クソダサ決め台詞と共にカムバックしたのだった。




