第一章 78 サンキューです
「ふむ」
俺は壁に寄りかかって気絶している春乃をベッドまで運び、綺麗に畳んである自分の服を着た。
大きいの怖い……と譫言を漏らしている春乃が覚醒するまで、椅子に座って待つことにする。
俺は予想以上に楽しませてくれたことに対して、非常な満足感を得ていた。
それどころか最後は予想以上のテンパり具合を披露し、デザートまで用意してくれた女の子。
フルコースを味わった客としては、春乃にお代を払わねばならないなと、消費者の義務を感じさせるほどである。
俺は龍くんに電話をして、これから春乃と二人で九龍へ向かうという連絡をした。
龍くんと話し終えてから電話を切ると、丁度春乃が目を覚まし、バッと起き上がった。
「目が覚めたな」
「…………あ、七海くん」
春乃は俺が服を着ているのを見ると、露骨に安心した様子でホッと息をついた。
「まさか気絶するとは思わなかったよ」
「……私も」
若干、照れ臭さそうにエヘヘと笑った。
「ところで、服着なくていいの?」
「あっ」
自分が下着姿であることを思い出し、急いで床に捨てられた服を拾ってささっと着直した。
「まぁ、なんだ……オモロいもんが見れたよ?」
照れ隠しに笑っていた春乃は、俺の言葉を聞くと色々思い出したのか、対面に座って、項垂れた。
「わたし……もう最後の手段だと思って、七海くんと子供を作ろうって思ったんだけど……」
「うん」
「結局、怖くて出来なかった。あれだけ決意したと、心に決めたと思ってたのに……所詮、わたしはその程度だったんだなって、思うと……なんか初めて、こんなに落ち込んでるかも……」
「まぁ、クソ息巻いてたからな」
「息巻いてたとか言わないで……って本当にそうだよねー」
自己嫌悪で押し潰されてますといった様子の春乃。
「わたし、絶対に絶対って思ってたのに……そんなこと吹き飛んじゃった……」
「そんなもんだろ、人間」
「……七海くんは本当にいつもと変わらないね」
「そうか?」
「そうだよ」
春乃は俺をジッと見たまま、何かと葛藤するように口を開けては閉じ、開けては閉じと繰り返していたが、意を決したのか
「わたしのこと、恋人として好き?」
と聞いてきた。
俺は間髪入れずに
「いや、全然」
と答える。
春乃はそっかーと言いながら天井を仰いだ。
「とりあえず、そんなことは置いといて、ちょっと出かけようぜ」
「…………どこに?」
春乃は心底呆れた様子で、渋々と言葉を発した。
「俺のバイト先。龍くんと湊さんが会いたがってるからさ。気分転換にいいだろ」
「…………………そうだね。なんかこのまま一人でいたくないしねー」
着替えるから先に外で待っててという春乃にベースも忘れずに持ってこいよと声をかけ、久々の外へ出た。
5月初旬の夜風は中々に気持ち良かった。




