第一章 75 決意はそう長くは続かない
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春乃に監禁されてから4日が経った。
俺はその間、春乃から話しかけられても言葉を返さず、無視を決め込んでいた。
俺の予想に反して面白い反応を返さなかったことに不貞腐れたところもあるが、何よりこの対処が一番動揺を誘うのではないかと考えたからだ。
春乃は会話をしようと何度も喋りかけていたが、しばらくすると、諦念の混じった苦笑いを浮かべたっきり、俺に話しかけることはなくなり、飯や風呂以外では、大音量の音楽をかけながら俺の横に丸まっていた。
時たま寂しそに俺を見上げるが、その度に俺に抱きついては、体温と心臓の鼓動に安らいだ表情を浮かべ、そっと目を閉じた。
埒が明かない。
もはや春乃に取っては俺の肉体が存在するだけで充足しているとしか思えない態度に、こちらも痺れを切らし、別の策で迎え撃つ。
俺は春乃が作って持ってきた飯を拒否して、今後一切口を付けないことを伝えた。
春乃は俺が喋ったことに対して一瞬喜色をあらわにしたが、ついで、飯を食べないことに少し焦った表情を浮かべた。
「ご飯食べないとお腹空いちゃうよー?」
「……さぁ?そしたら死ぬだけだろ」
勿論、餓死するまで断食するなど俺には不可能だが、このままでは俺が死ぬかもしれないという一滴の水を水面に落としてみる。
「そんなことさせない。無理やり食べさせるもん」
「そしたら舌を噛み切って死んでやるよ」
俺は逼迫した顔を作り、自由になっている片手で、春乃が持っていたスプーンを弾いて、迫真の演技をした。
スプーンが床に叩きつけられる音が響いた。
春乃は少し疲れた表情でそのスプーンを呆けて見つめている。
「どうしたらご飯食べてくれるの……?」
「知らねぇわ。自分で考えれば?」
「…………」
俺の言葉に無言のまま、床に落ちたスプーンを拾い、散乱したドリアを拭きとって、湯気立っている出来たてのドリアが盛られたグラタン皿をお盆に載せ、部屋を出ていった。
俺はその後ろ姿にほくそ笑み、ベッドに横になる。
恐らく紗希が空気を入れたとはいえ、人を監禁するまでに至る寂しがり屋の女。
決意を固めていたが、初めて、心がブレた瞬間を見た。
もしかしたら新たな突拍子もないことを繰り出してくれるかもしれない。
期待感に胸を膨らませていると、残飯の処理を終えた春乃は無言で俺の空いた片手に手錠をかけて、いつも通りに隣で丸まった。
しかし、前日の満足気な表情は消えていて、何か苦しんでいるような、重苦しい雰囲気を携えていた。
俺は舌舐めずりをし、春乃の次の行動を心待ちにした。
春乃は隣で寝息を立て、俺は冴えた目で暗闇の中、天井を見ていた。
ガチャリと部屋の扉が開いた。
俺は顎を引いて扉の方向を見ると、眼鏡をかけた中肉中背の壮年の男が電気をつけて立っていた。




