第一章 70 カンキン!
目覚めはかなり悪かった。
意識が起きていることを自覚しながらも頭が重く、思考は靄がかっているが、それを俯瞰しているもう一人の自分が、バラバラな印象を纏めあげようとしている気持ち悪い乖離感。
脳みその半分が寝ていて、もう半分が覚醒しているようなアンバランスさに、もう一度寝たい欲求が顔を出すのにも関わらず、目は半ば冴えている。
夢現つの中で浮遊する意識と倦怠感を訴える肉体が徐々に融和し、二日酔い気味の頭痛を伴って認識が腹に落ちてきた。
泥沼に溺れていた意識が酷い怠さの中で初めて受け入れたのは、温い肉の感触とスミレのような優しい匂いで、俺の感覚を快く刺激した。
俺は重い瞼をようよう開けてみると、春乃が部屋着で俺の胴体に抱きつきながら胸に頭を乗せて寝息を立てており、光沢を放つ絹のような黒髪が優美に広がっていた。
窓からはカーテン越しに朝日が漏れ、暗い部屋を青く照らしている。
俺はこのまま寝ていたいと訴えている体に喝を入れ、立ち上がろうと手足を動かした。
ーーーガチャリ
手足は俺の想像と反し、誰かに取り押さえられたかのように動かすことが出来なかった。
「あれ?」
俺はもう一度手足に力を入れた。
ーーーカチャカチャ
自由に出来ない手足に驚き、視線を向けると、手首に鍵穴のついた鉄の輪が鎖に繋がれて、ベッドの柵にくくりつけられている。
足に至っては六割程度しか開脚する事が出来ないように足枷が装着されていた。
「え……なにこれ?」
俺は自分の置かれた状況に理解が及ばず、眠気が吹っ飛んだ。
なんとか自由を得ようとモゾモゾ動いていると、春乃が目を擦りながら起き上がった。
「うーん…………七海くんおはよー」
「おはようさん……じゃなくて!」
「どーしたの?」
「どうしたもこうしたも何だこの状況!!」
いつもと変わらない態度の春乃にヤキモキして、声を荒げた。
「んー?……あ、これ。七海くんがどこにも行かないように拘束しているだけだよー」
「拘束しているだけだよー……じゃねーわ!!可愛いらしい顔でド犯罪宣言じゃねーか!」
本気で力を入れて暴れてみるも、手錠は一切壊れる様子もなく、ダブルサイズのベッドは微動だにしない。一縷の望みで柵がぶっ壊れないか勢いよく、何度も引っ張るが、ビクともしなかった。
良質な商品の頑丈さを初めて体感した。
「ふふ、頑張ってる七海くん可愛い」
「なに朗らかに眺めてんじゃい!!」
俺は腰を支点に繋がった両足を回して、魚の跳ね蹴りをお見舞いする。
威力は全く出なかった。
春乃は全く意に介さず、あらあらとハイハイする赤子を見守る母親の生温かい眼差しで、腹部に到達した足を優しく撫でた。
俎板の鯉の気持ちが分かったような気がした。
「お腹減ったでしょ?適当にご飯作ってくるね」
「おい!ちょ!待て!コラ!!この手錠と足枷を外っ……………こんの!!無視すんな!!」
大人しくしててねと言いながら俺の叫びをガン無視して春乃は部屋を出ていった。
俺はため息をついて大の字で天井を見上げる。
お腹がクゥーと鳴った。




