第一章 69 睡魔
「俺も初めて飲んだ時はそんな感じだったな」
中学生の時、丸や龍くん達と溜まり場になっていた先輩の家で、めちゃくちゃに酒を飲んだことを思い出す。
脳みそが風呂に浸かっているような感覚が面白くて、浴びるように酒を飲んだが、次の日の地獄を味わって以来、極力二日酔いにならないようセーブしていた。
春乃は上機嫌に2本目の酎ハイに手を伸ばして、ちびちび飲み始めた。
「1本目は苦味の方が強かったけど、2本目は割りと甘く感じるねー」
「舌がバカになるんかね。結構いけちゃうよな」
寿司をつまみながらビールを呷る。
「色々あったけど、今日のライブ行ってよかったよー。湊さん達の演奏、本当に素敵だった」
「な。春乃もバンド組みたくなったんじゃない?」
「……あの歌をわたしのベースで支える姿を想像したら、確かにいいなって思った」
「いいじゃん。酒にも挑戦して、バンドにも挑戦してみてさ。どんどん色々な事をやってけば親のことなんて忘れるんじゃない?」
「気は紛れるかもしれないけどねー」
自嘲気味に笑いながら椅子に浅く腰をかけて、パタパタと足を動かす。滑らかな脚線と小さな足底がくすぐったそうに見えた。
「紛れるだけ上等上等」
「わたしは七海くんがずっと一緒にいてくれればいいんだけどねー」
「ずっとは無理だな」
「それはもう充分わかってるよ。男の人にも女の人にも言い寄られるし、気付いたらどこかに行っちゃうし。わたしは諦めました!」
アルコールが回ってきたのか、声のボリュームがいつもより大きくなる。
「何事も諦めが肝心だからな」
「そうやって意地悪なこと言うし……七海くんがそんなにわたしのこと好きじゃないの、もう気づいてるもん……」
「好きだぞ?」
友達として。
「……うぅ、それは嬉しいけど、わたしの好きと全然違う好きなんでしょー?」
「まぁそうかな?」
「………………だよねー」
春乃の言葉に同意すると、目に見えて落ち込んだ。
自分から言っといて自分で傷ついている姿に、ちょっと可愛いなと思った。
「……でも、もういいんだ。七海くんがわたしのことを女の人として好きじゃないとしても、わたしは絶対に手を離さないし、紗希ちゃんにもその方法を聞いたから」
「紗希に聞いた?」
絶対にロクでもないことを吹き込んでいるのは確実だろう。
「うん。どこかに行っちゃう七海くんがどこにも行かなくなる方法。本当は迷ってたんだけどねー」
「……へぇ。少し気になるな」
「その内わかるよー」
缶を机に置く音が妙に響いた。
曲と曲の継ぎの間で、BGMとして溶け込んでいたワルツが止み、沈黙が鮮明になる。
春乃の瞳は暗く、されど奥底に鈍い光を発しているような錯覚をおぼえた。
「ちょっとトイレ……」
「出て右手のとこにあるよー」
春乃の部屋を出て、突き当たりの右手にトイレがあった。
トイレ内もレンガ調の内装に壁掛けのランタンと、かなりオシャレな雰囲気である。
ここまで凝っている家を建てながら、仮住まいのような扱いで遊ばせていることに勿体ないと改めて思った。
用を足して春乃の部屋に戻ると、春乃は俺が座っていた椅子に腰を下ろし、缶酎ハイを傾けていた。
「お帰りー」
「トイレまでオシャレだからムズムズして尿意が引っ込みそうだったわ」
「その報告はいらないかなー」
俺はどこに腰を下ろそうか一瞬迷ったが、春乃にベッドを勧められ、言われた通りに座った。
「なんかお酒飲むのって楽しいねー」
春乃はニコニコと飲みかけのビール缶を俺に手渡し、そう言った。
「春乃も立派な不良に近づいてきたようで何より」
俺は受け取ったビールを飲み、一瞬、変な苦味を感じたが、まだまだ舌がお子ちゃまかと現実を受け入れ、気にせずに飲み干した。
ふと視線を感じ、春乃の方を向くと、ジッとこちらを見つめていた。
「どうした?」
「んーん。どれくらいかなーと思って」
「?」
俺は追加のビールを空けて口に運ぶ。
春乃のカムカム談義に耳を傾けていると、酔いと疲れのせいか眠気が襲ってきた。
「あれ……なんかすげぇ眠くなってきたかも……」
俺は今までにない眠気に戸惑いながら、ベッドに横たわる。
「あ、うん。気にせずベッド使っちゃって」
「ああ……わりぃ……」
瞼が重く、頭がボーッとする。
「これでずっと一緒だね」
意識が途切れる寸前、春乃がそう言ったような気がした。




