第一章 66 春乃の家へ
「また君か」
腕を組んで足を交差させながら、やれやれとため息をついている。
「そんなにイキリ立たなくても七海はちゃんとお返しするよ?……ことによってはしばらく楽しませてもらうかもしれないけどね」
小馬鹿にした嘲笑を浮かべ、邪魔だから早くどいてくれないかなと小首を傾げた。
「もういいよ」
「?」
「七海くんに人が寄ってくるのは仕方ないことだしねー。もうあなたはどうでもいいから、早く消えてくれないかなー?」
春乃は感情が込められていない、形だけの、無機質な笑みを貼り付けて、メアリをジッと見る。
「前にも言ったはずだけど、僕は人の指図を受けるのが嫌いでね。はいそうですかって尻尾を巻いて退散するとでも思っているのかい?」
「そんなの知らないよ。わたしは貴方が七海くんに近づかないようにするだけ。あなたが消えないなら、いなくなるまで待つだけだよ」
「ふむ」
メアリはしばらく春乃と視線を交わしていたが、つと俺の方に顔を向けた。
「七海。さきほどのキスだけど、興奮したかい?」
「気持ち良かったが、興奮はしなかったな」
「くくく……なるほどね」
メアリは楽しい玩具を見つけたみたいに目を光らせ、春乃に近づいた。
「彼女ちゃん。そんなに言うなら今日の所は引いてあげるよ。なんなら、七海をちゃんと勃起出来るように修理しといて欲しいから、その貧相な体を使って精々頑張っておくれ」
「…………何言ってるの?」
「うん?知らないなら知らないでいいさ。ま、恐らく君じゃ無理だろうけどね」
「訳わからないことを言ってないで、早くどっかに行って」
肩に手を置いたメアリの腕を振り払い、冷たい視線を送った。
「それじゃ七海。続きはまた今度。不能を早く治したいなら僕に連絡してね。あらゆる手練手管で君を快楽死させてあげるからさ」
後ろ手に別れを告げ、洒脱な歩きで去っていった。
春乃はメアリが視界から消えるまで忠犬のように微動だにせず、しばらくしてから俺に振り返った。
「七海くん」
「うん?」
「湊さん達の演奏、終わったから帰ろ」
「あーそうするか」
「あとね、連休の初日でしょ。折角だからうちに寄らない?」
「うーん。帰って寝たいしなぁ」
「ライブでテンション上がったから久しぶりに二人で音楽聞きたいなって。それにうちの方がここから近いし、泊まっていけばもっと楽じゃないかなー?七海くん用のお泊まり道具も揃えてるよ」
春乃の提案にしばし考え、たまにはそんな日もいいかと頷いた。
「それなら、春乃んちでお泊りするかの」
「やったー!途中で美味しい食べ物も買ってこー」
「そうだな」
俺は会場の端にいた今別府さんに声をかけ、龍くん達のところまで案内してもらい、挨拶をしてから会場を出た。
春乃の家へ向かう途中にお寿司とジュース、酒を購入する。
ライブの空気に当てられたのか、久しぶりにちょっとテンションが上がってきたのだった。




